滴るような墨の色。うまく描こうなどといういじましい自意識の微塵もない、闊達な筆づかい。微笑みを誘う、動物や人間のユーモラスな姿態。それとは対照的な、書かれた文字から発して世界を震撼させる、無音の気迫。
歴史的、宗教的背景を知らなくても、直観的に魅力が伝わる江戸時代の禅僧が描いた書画=禅画は、近年、日本のみならず、欧米でも「ZENGA」と呼ばれて人気を博している。画題の豊富さや技量から、その筆頭としてまず指を屈されるのは、江戸時代中期の禅僧、白隠慧鶴(はくいんえかく 1685~1768)だろう。
しかし白隠は職業画家でもなければ、楽しみや手すさびに絵を描いたアマチュアでもない。曹洞宗・黄檗宗に比べて衰退していた臨済宗を復興させ、以後の法系を白隠の弟子が継承していったことから、現在の臨済禅の別名を「白隠禅」と呼ぶほど影響を与えた、偉大な宗教家でもあったのだ。
ところがその知名度とは裏腹に、残された作品は美術史アカデミズムからの評価や大規模な展覧会の機会に恵まれてこなかった。そんな状況を覆すべく企画されたのが、2012年12月下旬に開幕した、東京で初めての大規模な展覧会となる「白隠展 HAKUIN 禅画に込めたメッセージ」だ。
「僕がいつか白隠の展覧会をやりたいと思ったのは、もう今から10年以上前のことです。ちょうど2000年に、『ZENGA──帰ってきた禅画 アメリカ ギッター・イエレン夫妻コレクションから』(渋谷区立松濤美術館、神奈川県立歴史博物館、山口県立美術館を巡回)を監修したのが、その発端でした」
「ZENGA」展を監修、現代の「禅画」ブームの火付け役となり、花園大学国際禅学研究所教授の芳澤勝弘さんと共に「白隠展」の監修者を務める明治学院大学教授の山下裕二さんはこう語る。
2012.12.29(土)