ナウシカの衣裳を方向づけた ジブリ鈴木敏夫さんの言葉
依頼を受けた当初、松本さんはこの話に消極的だったという。
「原作の絵と歌舞伎とではまったく別世界のものですから。どうすればいいか見当もつきませんでしたし、鬘(かつら)や小道具などトータルで考えていかないとバラバラになってしまいます。衣裳だけを考えればいい仕事ではないと思いましたから」
が、菊之助さんのたっての願いとあって引き受けることに。台本をもとに原作との「すりあわせ」が始まったのは、公演の10カ月前のことだった。
「一番悩んだのはやはりナウシカでした。お姫様ですからそれにふさわしい姿でなければいけないけれど、お姫様らしく裾を引いていたのでは戦えない。自分なりに考えて、それまでまったく描いたこともないデザイン画にしたのですが……」
スタジオジブリのプロデューサー鈴木敏夫さんに見せたところ、反応は芳しくなかった。
「最初はかなり歌舞伎寄りの衣裳だったんです。『出て来た瞬間にナウシカだとわかるものであってほしい』という鈴木さんの言葉で方向性が決まったんです」
記者会見での菊之助さんの言葉はこの事実を踏まえてのことだったのだ。
軌道修正がなされ、公演にさきがけてビジュアル公開されたのが、話題となったチラシ掲載の「青き衣」の衣裳だ。日本の伝統装束である狩衣(かりぎぬ)をアレンジしたデザインとなっている。
「空を飛んでいるナウシカのイメージから地紋は雲立涌(くもたてわく)にしました。裾には闘う時の衣裳に用いられる馬簾(ばれん/フリンジ状のもの)をつけたのですが、既存のものでは大きすぎる。なので小ぶりのものを新しくつくりました。
実はこの衣裳はひとつではなく、馬簾がついていないものもあります。袖が短いものもあって、場面にあわせて着分けているんです」
その場面におけるナウシカにふさわしい衣裳となるよう、細かな配慮がなされているのである。動きやすさという実用面だけでなく、役に取り組む気持ちのうえでも「少しでも役者さんの役に立てれば」という思いがあってのことだ。
2020.02.07(金)
文=清水まり
撮影=末永裕樹