「昔むかし……」と緩やかに語り出される不思議な物語は、遥か昔から多くの人の心をときめかせてきた。いわゆる「お伽噺」という言葉が生まれたのは明治時代頃とされているが、それより以前には〈お伽草子〉と呼ばれた一群の物語があった。ストーリーそのものの成立は鎌倉時代まで遡り、室町時代に入る頃、それが絵巻などの形を取り始める。現在まで残る数は約420編。私たちがよく知る『浦島太郎』や『一寸法師』も、元はこの〈お伽草子〉のひとつだった。
物語の書き手や読み手、主人公は時代ごとに移り変わる。貴族の時代の『源氏物語』、武家の時代の『平家物語』、そして〈お伽草子〉が興隆する室町時代から戦国時代にかけて、大きな力を持ち始めたのが庶民たちだ。どこにでもいる庶民や僧侶、それどころか動物や妖怪までを主人公に、滑稽さや下世話さも加えた物語の登場は、さながら「物語の下克上」を思わせる。そうした歴史のうねりを感じつつ、物語を絵と文字の両面から堪能できるのが、今回の「お伽草子─この国は物語にあふれている─」展だ。
たとえば「浦島太郎」の源流となった《浦嶋明神縁起絵巻》。遡れば『日本書紀』や『丹後国風土記』にもその片鱗を伺えるお伽話の典型として、日本人の誰もが知っている物語だろう。浦嶋神社の創建を描いた南北朝時代のこの絵巻には「浜辺でいじめられていた亀を助ける」というくだりは登場しない。どうやって話が始まるかといえば、丹後国水江に住む漁師・浦嶋子が海上でつり上げた亀が美女に変身、浦嶋子を海の中の蓬莱宮へ連れていき、というもの。後の展開は皆が知っている通りで、蓬莱宮で楽しい時間を過ごした浦嶋子が故郷へ帰ってみれば、長い時間が過ぎ去っており、美女からもらった玉手箱を開くと白雲に包まれ老人に──。後にその場所に浦嶋神が祀られたという結末部分が、浦嶋神社の創建神話というわけだ。
2012.10.13(土)