イマドキのお若い方はご存じないかも知れないが、かつて日本の美術史は6世紀半ばの仏教伝来あたりから始まっていた。それ以前の日本に美術はありませんでした、ということだ。えっ、ホントに?
そうした状況に対して、猛烈に異議申し立てをしたのが、かの岡本太郎である。1952年、美術雑誌『みづゑ』に発表された《縄文土器論》と、太郎自身の撮影による陰影を強調した縄文土器の鮮烈な写真は、美術史の研究者や芸術家を目指す若者から一般の市民にまで大きな衝撃を与え、縄文の造形の持つ異様な迫力に目を向けさせる契機となった。だが1万年以上にわたって続いた縄文時代の造形は「器」ばかりではない。
右:「大型板状土偶」重要文化財 青森県立郷土館 撮影 藤森武
2009年12月15日から翌年の2月21日まで、東京国立博物館で開催された「国宝 土偶展」は、09年に大英博物館で催された、文化庁主催による「THE POWER OF DOGU」の帰国展。土偶は人形(ひとがた)をした土製の焼き物で、これまでおよそ18000点が発見されている。
右:「結髪の土偶」湯沢市教委 撮影 藤森武
「国宝 土偶展」は国宝3点と重要文化財23点を含む全67点の展示で、会場は本館の一部屋を使っただけと、決して大規模な展覧会ではなかった。ところが蓋を開けてみると、青森県の「合掌土偶」、北海道の「中空土偶」、長野県の「縄文のビーナス」という国宝3土偶をはじめとする造形の素晴らしさ(国宝土偶3点揃い踏みはこれが初めて)に、口コミが口コミを呼び、最終的に10万人を超える観客が詰めかけることになった。筆者もこの時、土偶に魅了された1人。
2012.09.15(土)