今日からできる「スモールステップ」のトレーニング
――具体的には、まず何から始めればよいでしょうか?
井上先生 最初に取り組んでいただきたいのが「キャリートレーニング」です。多くの猫にとって、キャリーバッグは「病院へ行く時に無理やり押し込まれる嫌な箱」になってしまっています。これではいざという時に困りますよね。まずは、キャリーを日常生活の一部にしてしまいましょう。
リビングの端に扉を開けた状態で置いておき、中でふかふかのタオルを敷いたり、大好きなごはんやおやつを置いたりします。「ここは安心できる、自分のための個室なんだ」と思わせるのが第一歩です。
――「キャリーバッグ=病院=嫌なこと」という記憶を塗り替えるのですね。
井上先生 その通りです。猫に「自分で選んで入る」という選択肢を与えることが大切です。自分から入るようになったら、次は扉を閉める、数分だけ持ち上げてみる、家の中を歩いてみる……と、少しずつできることを増やしていきます。これを私たちは「スモールステップ」と呼んでいます。
もし途中で猫が不安そうな顔をしたり、耳を横に寝かせる、奥の方で小さくなって警戒しているなど、ボディーランゲージで不快感を示したりしたら、一段階前に戻ってあげてください。大切なのは、「嫌な思いをさせずに、良い記憶だけを積み重ねること」です。
――理想的な社会化のゴールはどこにあるのでしょうか?
井上先生 一つの目安は、動物病院へ「遊び」に行けるようになることです。多くの飼い主さんは、病気になってから初めて病院へ連れて行きますが、それでは病院=痛い・怖い場所という記憶が定着してしまいます。
そうではなく、元気な時に病院の待合室まで行ってみる。診察台の上でおやつを食べて帰ってくる。スタッフの方に撫でてもらって、楽しい体験だけで終わらせる。これを繰り返すことで、猫にとって病院は「いいことが起きる場所」になります。そう学習すれば、将来本当に治療が必要になった時、猫自身のストレスが劇的に少なくなります。
――成猫になってからでも間に合いますか?
井上先生 「もう成猫だから」「成猫で保護したから」と諦める必要はありません。子猫ほど何でもスムーズにはいかないかもしれませんが、猫は何歳からでも学習できます。
例えば、爪切りや歯磨きといったケアも、いきなり全部終わらせようとせず、「一本だけ切ったら最高のごほうびをあげる」という風に、猫にとってのメリットを提示しながら進めてください。
もし、極端に怖がりな性格で、トレーニングがストレスになりすぎる場合は、無理をせず獣医師に相談するのも一つの手です。最近では、診察の前にリラックス効果のある薬などを活用して、恐怖心を和らげながら診察する手法も一般的になっています。
――特別なトレーニング以外に、毎日の暮らしの中でできる社会化はありますか?
井上先生 たとえば「遊び」も社会化になります。猫は本来ハンターなので、室内だけの生活では刺激が不足しがちです。子猫期にしっかり遊んであげることは、ただの運動だけではなく、「人と関わる時間は楽しい」という経験を積み重ねることにもつながります。
成猫の場合は、一度に長時間遊ぶよりも、5分程度の遊びを1日3~4回と回数を増やすほうが満足度は高まります。大切なのはやはり、「嫌な思いをさせないこと」と「楽しい経験を積み重ねること」です。
