到着したら、ただただ呆然
ローマに到着したときの最初の印象は、私とは一切がっさいDNAの関連性がない土地に来てしまった、という感覚です。心細さというより、ただただ呆然(ぼうぜん)としました。しかも空港からローマのテルミニ駅に行く途中でアッピア街道(※)やコロシアムといった、過去の遺構が放つ圧倒的な存在感に押しつぶされるような気持ちでした。どこを見ても何を見ても自分の細胞をつかさどるものの中にはない文明が、そこにあるわけです。私、ここでやっていけるのだろうか、こんなところへ一体何しに来たんだろうという葛藤がしばらく続きました。
「イタリアに来い」と誘ってくれたマルコじいさんが、空港に迎えに来てくれました。ただ、マルコじいさんは私の顔を覚えている自信がなかったらしく、「マルコ」と書いた板切れを首から下げて、私の名前を叫んで空港を歩いていました。ものすごく恥ずかしかったですね。だけど、そこでひるんでいても仕方ないので、「私がマリですが」と近寄っていくと、「ああ、昔のおまえはもっと子どもだったから、わからなかった」と大げさに答えました。周りの人の声も大きかったけど、このおじいさんの声もやたらとデカくて、ジェスチャーも大げさで、イタリア人という人種への怯みが芽生えました。
そのままローマのテルミニ駅からマルコじいさんに連れられて、彼の暮らす北イタリアのヴェネト州のヴィチェンツァ近郊へ移動しました。とりあえずはそこにある画塾に通っていたのですが、教師にある日、フィレンツェのアカデミアで油絵を教えている友人がいるから、おまえはここではなく、そこで本格的に学ぶべきだと勧められて、フィレンツェへ移ることになりました。
※アッピア街道 紀元前312年、ローマから南イタリアに至る軍用道路として建設された、古代ローマ帝国の最重要幹線道路。「街道の女王」と称された。
ヤマザキマリ
漫画家・文筆家・画家。日本女子大学 国際文化学部国際文化学科 特別招聘教授、東京造形大学客員教授。1984年にイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院で美術史・油絵を専攻。比較文学研究者のイタリア人との結婚を機にエジプト、シリア、ポルトガル、アメリカなどの国々に暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞2010受賞。2015年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ受賞。2024年『プリニウス』(とり・みきと共著)で第28回手塚治虫文化賞のマンガ大賞受賞。著書に『ヴィオラ母さん』『ムスコ物語』『歩きながら考える』『扉の向う側』『貧乏ピッツァ』など。現在、『続テルマエ・ロマエ』を集英社「少年ジャンプ+」で連載中。

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