「迷惑はかけたくない。でも、我慢もしたくない」
大場 斎藤さんのワードの使い方を見ていると、かつての日本のリベラルの人が嫌いな「明るくないワード」をあえて入れることで、違う層を取り込もうとしているのかなと感じるんですが、それが逆効果になっている面もある気がします。例えば「エコロジー独裁」の「独裁」というワードは、なかなか受け入れられないワードかなと。民主的社会主義的なものを「エコロジー独裁」と訳してしまうと、かなり抵抗感がある。本来はもう少し広い層を取れる可能性があるのに、と思っています。
私がこの3カ月ほど気候変動関係の仕事をしたなかで感じるのは、エネルギーのことをちゃんと勉強した上で、「気候変動の問題を本気で訴えたい」という人の問い合わせが、非常に増えているということです。金融機関、メディア、弁護士・会計士などの士業、アカデミア……そうした人文・社会科学系の職能を持った方たちが、手を貸してほしいと声をかけてくださることが、最近増え始めてきた。その人たちに日本版の斎藤理論を理解できるような形でワーディングすると、もっと浸透しやすいんじゃないかと思っています。
大事なキーワードは「個人の成長」だと思っていて、子育て世代や現役世代など「国も大事だけど自分も大事」「自分自身も成長したい」「できれば、世界に対して迷惑をかけずに生きたいけど、我慢はしたくない」という層に対して、どう共通の言語で訴えるかが、日本において民主的社会主義を実現するための現代的な転換点なんじゃないかなと思っています。
斎藤 私は日本での活動だけではなく、グローバルな学術発信も行っているんですが、日本ではテレビなどに出演して様々なオーディエンスに広く発信している一方、海外に行くと左派的なオーディエンスに対して、マルクス研究者としての発言を期待されています。
海外だと、グレタ・トゥーンベリさんのような終末論的な危機感を持った左派が中心で、そこには響きやすいメッセージがある。でも日本はそもそも終末論的な感覚がない文化で、仏教的な世界観では輪廻転生でぐるっと回ってきてしまう(笑)。そこに「黙示録」的な世界観をどう語っていくか、日本で危機感をどう醸成していくかというのは難しい。
