「おいしいおはなし」は、編集・ライターの川瀬佐千子さんと料理人のやまさききよえさんによる、物語を味わうプロジェクト。古今東西の児童文学を紹介しながら、そこに登場するおいしそうな食べ物を作ってレシピを届けています。それらをまとめてこの秋に刊行された『続 おいしいおはなし』(グラフィック社)では、29作品と29皿を紹介。そのなかから1作品と1皿を抜粋してお届けします。
誰もが胸をときめかせる、幸せのケーキが登場
『クリスマスの思い出』
トルーマン・カポーティ 著、村上春樹 訳、山本容子 銅版画/文藝春秋
舞台は1930年代。7歳のバディーは親戚の家で暮らしている。親友は同じ家に暮らす60歳を超えたいとこの老女と小さいが元気な犬のクイーニー。彼らは毎年11月になるとクリスマスに贈るフルーツケーキの準備を始める。ケーキは全部で31個。友達やいつもお世話になっている街の人、会ったことのない大統領など、彼らが好きな人たちに贈られるのだ。温かく切ない、イノセントなクリスマスの物語は、カポーティが自身の子ども時代を描いたもの。
《11月も終わりに近い朝を思い浮かべてほしい》と始まる『クリスマスの思い出』は、現代アメリカ文学を代表する作家、トルーマン・カポーティの自伝的な短編です。
冬が始まりを告げる朝、窓の外を見ながら《フルーツケーキの季節が来たよ!》(7頁)と高らかに宣言するのは、主人公のバディー少年と同じ家に暮らすいとこで親友のおばあちゃん。彼らの小さな相棒は、犬のクイーニー。毎年この季節になると、二人と一匹はクリスマスに友人たちに贈るためのケーキづくりを始めるのです。まずは近所の果樹園にピーカンナッツを拾いにいき、暖かい台所で殻を割って実を取り出します。それから、1年間一生懸命に貯めたお金で、ケーキに使うたくさんの材料を買い集めます。
材料集めのハイライトは、フルーツケーキの仕上げにふりかけるウイスキーを買いに行くところ。なにしろウィスキーの売買は州法で禁止されているのです。《でもハハ・ジョーンズさんのところで一瓶買えることを知らないものはいない》(26頁)と、二人と一匹は川べりのカフェへ向かいます。着いてみるとカウンターにはいつもの奥さんではなく、おっかないという噂のオーナーのハハさん本人が。ハハさんの噂どおりの佇まいに緊張で固まるおばあちゃんと少年。やっとのことでおばあちゃんがウイスキーを分けてほしいと言うと、ハハさんは《おたくら、いったいどっちが酒飲みなんね?》(30頁)と笑ってウイスキーを分けてくれます。
小銭をにぎりしめてウイスキーを買いにきた二人とハハさんの心が触れ合って、読む人も温かい気持ちになるシーンです。
そんな素朴ながらワクワクするクリスマス支度の様子を追いかけているうちに、彼らが住んでいるのが裕福な親戚の家であり、大人ばかりの中で、子どものような心を持ち続けているおばあちゃんと幼いバディーが身を寄せ合って暮らしていることも分かってきます。そんな彼らが焼くケーキは、さまざまな人に贈られます。近所の友人だけでなく、たった一度しか会ってなかったりあるいは一度も会ってない人へも。なぜなら《彼らは、僕らが気に入った人たちなのだ》(34頁)。
バディーは、ホワイトハウスからのケーキのお礼状や遠い外国からの手紙などをスクラップしてあるファイルを見て思います。《空の他には何も見えないこの台所のずっと彼方にある、活気に満ちた外の世界に結びつけられたような気持ちになれるのだ》(38頁)、と。
クリスマスイブの夜、おばあちゃんは旅立ったケーキたちに思いをせ、《ローズヴェルト夫人は明日の夕食の席に私たちのケーキを出すだろうかねえ?》(60頁)と、胸をときめかせます。ナッツとフルーツたっぷりのこのケーキは、贈られた人にも贈った彼らにとっても、クリスマスの魔法なのです。
物語はやがて訪れる二人と一匹の別離をそっと描いて終わります。この本に閉じ込められているのは、二度と帰ることのできないイノセントな世界。カポーティは大切な思い出を物語にして私たちに贈ってくれたのだと思います。
