SNSに投稿するレシピがたびたび話題を呼び、いまや絶大な信頼を集める料理家・長谷川あかりさん。料理をする人の心に寄り添いながら、ときに驚きのあるレシピを提案する彼女のもとには、「あかり、信じているぞ」という声が届きます。

 『タコ セロリ アボカド』(文藝春秋刊)を上梓し、料理家として駆け抜けてきた4年間を振り返りながら、AI時代における作り手の思想、そして日々の料理を少し楽にするヒントを聞きました。

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「『騙されたと思って』より『信じてください』がしっくりくる」

――SNSに投稿するレシピはたびたび大きな反響を呼び、書籍も大人気。先日はラジオ番組「オールナイトニッポン0(ZERO)」にも出演されました。長谷川さんを取り巻く今の状況は、想像していましたか?

 想像できていたような、できていなかったような。どちらでもない、というのがいちばん近いかもしれません。2022年に料理家として活動を始めてから、いただいた仕事をひたすら打ち返してきた感覚なんです。スポーツをしているのに近いかもしれません。

 普段あまり料理をしない方にもレシピを届けたい、家庭料理がもっと流行って欲しいと思って活動してきたので、自分がやりたい方向には進めているのかなと思います。思い描いていた線の上には、ざっくりといるというか。ただ、私のレシピはあまりバズるような万人ウケするタイプのものでもないと思っていたので、そこは時代の流れなのか、自分の打ち返し方なのか、タイミングもかなり大きいと思います。考えていたよりもずっと速いペースで進んでいる気がして。まだあまり現実味がない、というのが正直なところです。

――「あかり、信じているぞ」という言葉がネットミーム化したことについて、どう感じていますか?

 あくまで私の意見ですが、インターネットでレシピを無料で見られるようになったこの20年ほどは、エンタメ性を強く意識したものか、反対に、料理を作らなければならない切実度の高い人に向けたものが多かった気がするんです。でもここ数年で、社会の空気が少しずつ「自分のために料理を作る」という方向へ向かっているのかな、と。

 そのなかで、「信じている」という言葉は、味の想像がつかないレシピに挑戦して、実際に食べて答え合わせをするという、すごく自分軸のある行動だと思うんです。

 私はこれまで、「ご自愛」や「いたわり」という言葉をよく使ってきました。でも、それはセルフケアという概念を持っている人には響く一方、そうでない人にはピンとこない、人を選ぶ言葉でもあるんだと気づいて。「信じているぞ」は、そうしたものをいろいろと飛び越えて、これまで届けられなかった人にまで「料理って面白いかも」と思ってもらえる言葉なんですよね。

――「信じているぞ」が広まったきっかけは、酒蒸しハンバーグですか?

 ハンバーグのレシピは、2回バズったタイミングがあるんです。2回目は、YouTubeを始めたタイミングで再び投稿したとき。その際に、「本当に大丈夫か?」という声が水面下でちらほら聞こえてきまして。それまでも、そう感じていた方はいらっしゃったと思うんですが(笑)。

 そこで初めて、「そうか。私にとっては合理的で違和感がなくても、普通に提案するにはずいぶんトリッキーなことをやっているのかもしれない」と気づいたんです。それをきっかけに、「おいしいので信じてください」と投稿しました。そこから「信じているぞ」に派生していったのかなと思います。

 よく「騙されたと思って作ってみてください」と言いますよね。でも、私自身はあまりその表現がしっくりきていなくて。わざわざ材料を買って、限られた時間のなかで作るんだから、そもそも騙されたくはないだろうって。

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