鈴木涼美さんの最新エッセイ集『女の子未満』は、自身の少女時代をたどりながら、平成という時代の輪郭を描き出した一冊。妊娠や出産を経て見えてきた母との関係、子育てへの戸惑い、そして「母親らしさ」に抗いつづける理由について聞きました。
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平成のキラキラとした濃い空気を覚えている
──今、「平成女児ブーム」と言われ、当時のファッションやカルチャーが改めて注目されています。価値観を懐かしむ動きが広がっていますが、少女時代をその只中で過ごした鈴木さんから見て、平成はどんな時代だったと思いますか?
日本が最もエネルギッシュで豊かな時代だったと言っていい気がします。平成に入ってすぐにバブルが崩壊したので、不景気という言葉はすでに使われていましたが、今と比べるとすごく豊かだったと思います。この本にも書いているんですが、父親の仕事の都合で10歳の頃から2年間ロンドンで暮らしていて、95年に日本へ戻ってくるんです。
当時はインターネットやSNSで他国の状況を逐一知ることはできませんでしたから、戻ってきた時に、目に映るものすべてがすごくキラキラして見えたんですよね。阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件があった年ですから、自粛や悲しみに包まれている可能性だってあったけれど、私が帰国した秋には街もテレビも活気にあふれていました。
安室奈美恵がブレイク直後で、小室哲哉が時代の寵児になっていて。バブル崩壊で大人たちの購買力が衰えたと言われていたけれど、特に若者にまつわるものについては様々なものがものすごく売れていた時代でした。ブランド品も、CDも、ファッション雑誌も、ルーズソックスも。109のセールは地下の店の行列が五階までのびていたこともあるくらい。平成という言葉を聞くと思い出すのは、あの時のキラキラした、濃度の濃い空気です。
でも、今と比べると、楽しいか楽しくないか、そしてかわいいかかわいくないか以外のものさしがあまりなかった時代のように思います。女の子のファッションも雑誌によっておおまかに分類され、それ以外の多様性にまで目が届いている人は少なかった。
大雑把な時代には良い面ももちろんありました。人の行いや価値観を批評するムードは今ほど強くなかった気がします。「人の悪口を言ってはいけません」みたいなことは道徳の授業で習いましたけど、単純に楽しい方がいい、豊かな方がいいという基準が成立していた時代だったのかもしれません。だから趣味や価値観やセクシャリティや宗教観がマジョリティである人にとっては細々した配慮がいらない、楽な時代だったのでしょう。
対して、申し上げたようにたとえばファッションやルッキズムに関する価値観はとてもステレオタイプだったし、マジョリティと言えない部分がある人にとっては社会に組み込まれていない厳しい時代だったと言える気がします。
──なぜ、そのキラキラとした雰囲気が色濃い平成時代を振り返ろうと思ったのですか?
平成時代についてはこれまでもたとえばファッション雑誌の時代を追った『JJとその時代』やギャル文化を振り返った『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』などで振り返って来ました。私が青春時代を過ごした自分にとって印象的な時代だし、今の時代について考える一助になるとも思ったからです。
ただ、これまで私が書いてきたのはあくまで「私たち」の平成であり「私たち」の物語です。今回の作品ではさらにもっとずっと狭い「私の」平成、「私の」思い出を書いています。今までもエッセイ集は色々出しているんですが、そのほとんどが友達が付き合ってきたダメ男の話だったり、夜の街のお姉さんたちの素顔だったり、自分自身のことというより、自分が見てきたものを書いていたんです。
それに、取り立ててすごい才能があるとか、面白い生き方をしてきたわけでもないので、自伝を書いて面白がってもらえるという発想はあまりありませんでした。だから『群像』に本書にも収録されているドクダミを愛でていた女性のエッセイを書いた時に、「こういった感じのものをもっと書いてみませんか」と声をかけてもらった際にも、一本の短いエッセイならまだしも、いくつもこんな記憶について書いてはたして面白いものが書けるだろうか、だれかのためになるだろうか、という迷いはありました。
そうこうしているうちに突然妊娠したんです。娘が生まれ、やがて成長していくと、今後私の幼少期や思春期の思い出というのは、自分の幼少期と娘の幼少期、自分の思春期と娘の思春期というふたつの意味を持つようになる。初めてのディズニーランド、と言った時に、私が母に連れられて初めていった時のほかに、娘を初めて連れて行った時というのが加わる。
今、連載中に生まれた娘はすでに一歳半を超えていますが、すでに私の子ども時代のあいまいな記憶や思い出というのはものすごい勢いで圧倒的に濃い現実の後ろに下がっています。だからぐだぐだ言わずに私の小学生時代や中学生時代の思い出が、まだ私だけのものであるうちに、書き留めておこうという気になったのかもしれません。
