世界を旅する女性トラベルライターが、これまでデジカメのメモリーの奥に眠らせたままだった小ネタをお蔵出しするのがこのコラム。敏腕の4人が、週替わりで登板します。

 第44回は、世界を股にかけて薔薇を探求し続けるたかせ藍沙さんによるトルコ紀行です。

薔薇が咲いているなら行かなくちゃ!

ギュネイケントの町の中心には薔薇のモニュメントがある。後ろの建物の前に並んでいるのは、土のうではなく、薔薇の花びらが詰まった袋だ。

「来週、まだ薔薇は咲いているかしら?」のメールに対する返信は、「まだ大丈夫、咲いていますよ」というものだった。イランの薔薇取材から帰国した後、日本の薔薇産地を取材しつつ、収穫期間が長いトルコにメールしてみた。すると、まだ薔薇が咲いているという。これは「行かなくちゃ!」。すぐに航空券を手配し、ホテルを予約。翌週にトルコに飛んだ。目的地は、イスタンブールから国内線のフライトで南東へ1時間10分。ウスパルタ(Ispartaと書いて「ウスパルタ」と発音する)という町だ。

ギュネイケントの早朝の薔薇農園。一輪一輪ていねいに手で摘んで収穫している。

 世界の薔薇産地のうち、トルコはブルガリアと世界シェアを争うほどの、ダマスクローズの一大産地。数万種類ある薔薇の中でも香水やコスメの原料となる薔薇は、ほとんどがピンクのダマスクローズとセンチフォリア、白いアルバローズの3種類。なかでも生産量がもっとも多い薔薇がダマスクローズだ。

まだ薄暗い早朝、開きかけたこのくらいの薔薇がもっとも強い香りを放つ。

 そのトルコの薔薇産業の中心となっているのがウスパルタの町。薔薇農園はウスパルタの周囲に点在している。標高1000メートルあまりのこの一帯は、雨が少なく昼夜の寒暖の差が大きい。この気候が薔薇に最適なのだ。今回取材したのはギュネイケントという名前の町。ウスパルタから車で30分程の場所にある。ウスパルタ入りした翌日、早起きをして薔薇農園へと向かった。

左:薔薇農家のセルマさん。ご主人とお姉さんと3人で仲よく薔薇摘みをしていた。
右:収穫したばかりの薔薇の花は、みずみずしくて、ほんとうにいい香り!

 薔薇の収穫は早朝に行われる。日が昇って太陽の強い日差しを浴びると、花びらの香気が飛んで品質が落ちてしまうからだ。早朝の薔薇農園は気持ちがいい。そして、薔薇を摘んでいる人たちはみんないい笑顔をしている。薔薇の香気成分のせいだろうか。鬱にもいいといわれるほど人をやさしくしてくれる香りなのだ。「写真を撮らせてほしい」と声をかけると、恥ずかしがる人はいても嫌な顔をする人はいない。

左:薔薇農園がピンク色に染まっていた! 日も高くなったので、この日の収穫も終わりと思って車で移動していたら、満開の薔薇農園に遭遇。こちらの農園主はこの日は花を摘むことができなかったようだ。
右:イスマイルさんの蒸留所。まず、右側にある奇妙な形をした金属容器の黒い部分に薔薇の花と水を入れる。下から熱すると水蒸気が丸い蓋の部分に上る。そこからくちばしのように見える細い管を伝って水槽の中へ。ここで冷やされた水蒸気がローズウォーターとなって左下の管から出てくるという仕組みだ。

 薔薇農園の後はイスマイルさんの蒸留所を見学させてもらうことに。大きな蒸留所はステンレスの大型機械を使っているが、ここでは、昔ながらの蒸留方法でローズウォーターとローズオイルを抽出している。薔薇の花と水を火にかけてしばらくしたとき、「香りを嗅いでごらん」とイスマイルさんに促され、右上の写真左下のボトルの近くに顔を近づけてみた。すると、凝縮された濃い薔薇の香りが! そこだけ空気の密度が上がっているようだった。でも、すぐに終わってしまった。ローズウォーターがしたたり落ちる直前にだけ強い香りが出てくるのだとか。蒸留所ならではの素敵な体験だった。

2014.07.29(火)
文・撮影=たかせ藍沙