灯台とはなにか?

 さて、灯台めぐりはここが最終地点だが、灯台以上にこの地を特徴づけている潜伏キリシタンについて学ぶため、私たちは生月町博物館「島の館」へと向かった。

 生月島はかつて捕鯨が盛んだったところで、博物館の一階も捕鯨関連の展示に当てられている。むかしの人たちが鯨を捕る場面を再現した素晴らしいジオラマがあり、ボタンを押すだけで、臨場感たっぷりの解説を聞くことができる。

 私は当時使われていた銛(もり)を特別に持たせてもらったが、重すぎて腰が抜けそうになった。むかしの日本人はいまよりずっと体が小さかったはずだが、あんな重たい銛を操れるのだから、膂力(りょりょく)は現代人の何倍もあったにちがいない。

 二階はかくれキリシタン関連の展示室になっており、かくれキリシタンが暮らしていた家が再現されていた。

 ガイドをしてくれた田中さんによれば、「潜伏キリシタン」と「かくれキリシタン」では若干概念が異なる。潜伏キリシタンとは二百五十年の禁教下でも信仰をつづけてきた者たち、かくれキリシタンとは禁教が解かれたあとカトリックには戻らず、従来の信仰をつづけた者たちを指すのだそうだ。

 禁教が解かれたあと、かくれキリシタンと呼ばれる人たちはなぜカトリックに戻らなかったのだろう?

「キリスト教は一神教ですが、日本は多神教です。禁教が解かれても、かくれキリシタンの人たちはそれまで守ってきたほかの神様を捨てることができなかったんだと思います」

 禁教時代の厳しい弾圧にもかかわらず、信仰を守り抜いた人たちがいた。彼らはあの手この手でキリシタンであることを隠した。樹を隠すなら森のなか方式で、家じゅうに神様を祀った。門口の神様、竈の神様、厠の神様、風呂の神様。生月島のキリシタンたちはご神体を納戸に隠した。いやいや、うちはキリシタンなんかじゃありません、これは納戸の神様ですよ。

 そんな人たちが、いくら禁教が解かれたからといって、家じゅうの神様のなかから納戸の神様しか信仰できないとなったら、それはさぞや迷われたことだろう。なんといっても、長い付き合いなのだ。納戸の神様もひっくるめて、それまでどおりの信仰を持ちつづけたいと思うのも人情だろう。禁教のなかで信仰を守り継いだかくれキリシタンたちの独自の信仰とは、そういうことだったのだ。

 田中さんの話を聞きながら、私は安部公房の『砂の女』のことを考えていた。砂の降りそそぐ谷底で奇怪な女と暮らす羽目になった男の話だが、私の理解では、日本社会の強烈な同調圧力を描いた作品である。長い禁教時代を経てこの同調圧力がマリア様にも作用し、八百万(やおよろず)の神と混ざり合っていったのかもしれない。

 さあ、旅の終わりだ。

 私と五十畑さんを平戸桟橋まで送った橋本さんは、その足でつぎの仕事が待つ徳島県へと車を走らせた。私と五十畑さんは少しだけ途方に暮れ、それから福岡行きのバスに乗りこんだ。彼女は福岡空港から東京へ、私は家へ帰らなければならなかった。

 灯台とはなにか? もちろん用途としてではなく、比喩としての。私はこの旅で出会った三基の灯台を擬人化してみた。まったく人のかたちをしていないにもかかわらず、それでも灯台は私にやすやすと人間を想起させた。それはひとえに、灯台という存在が内包するモラルのようなものが、人としての正しい生き方をほのめかしていたからではないかと思う。もし私が灯台についてなにかを語るなら、それはこんな具合になるだろう。

 If you can see yourself in the lighthouse, my friend, you are on the right track.(もしあなたが灯台のうちにあなた自身を認めるなら、友よ、あなたは正しい道にいる)

 車窓を流れる風景に灯台を探したが、ひとつも見当たらなかった。しかたがないので、永ちゃんの歌を口ずさんで旅のしめくくりとした。

 きらめく微笑み
 俺を照らしてる
 優しく灯台のように

「灯台」 作詞:関健二 作・編曲:矢沢永吉

斑島灯台(長崎県五島列島)

所在地 長崎県北松浦郡小値賀町班島郷
アクセス 小値賀港から車で15分
灯台の高さ 11m
灯りの高さ※ 23m
初点灯 昭和32年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

大碆鼻灯台(長崎県生月島)

所在地 長崎県平戸市生月町御崎26-2
アクセス 一生月大橋から車で30分
灯台の高さ 11m
灯りの高さ※ 101m
初点灯 昭和33年
※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。

海と灯台プロジェクト

「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。
https://toudai.uminohi.jp/

「海と灯台プロジェクト」では、灯台の存在価値を高め、灯台を起点とする海洋文化を次世代に継承していくための取り組みとして、「新たな灯台利活用モデル事業」を公募。この度、2025年度の採択13事業による成果報告会を実施しました。灯台×癒し、灯台×神話、灯台×日本酒などバラエティに富んだ内容です。詳しくは公式ウェブページをご参照ください。

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