生月島(いきつきしま)の北端に建つ大碆鼻(おおばえばな)灯台へ

 生月島(いきつきしま)の北端に建つ大碆鼻(おおばえばな)灯台では、思った以上に多くの方々に出迎えられた。私たちを灯台へと案内してくれる佐世保海上保安部の豊里交通課長、岸本航行安全係長のほかに、地域の有識者として生月町博物館「島の館」の中園館長、地域おこしのお仕事をされている久保さんも同行してくれた。

 それにしても、大碆鼻? 「鼻」には先頭とか尖端の意味があるので、岬の突端を何々鼻と呼ぶのは理解できる。でも、「大碆」ってなんだ?

 「碆」とは、海に突き出た岩棚のことだと中園さんに教えてもらった。ただし広辞苑には載っておらず、ネットで調べてみると「岩礁」のことだと出ていた。なるほど。たしかに字面通り、「石」に「波」が打ち寄せている。

 大碆鼻灯台とは、ようするに大バエ断崖に建っているからその名がついたのだ。高さ十一メートル。斑島灯台とほぼ変わらないが、平均水面から灯火までは百一メートル、まさに断崖に建つ白亜の灯台である。高後埼灯台や斑島灯台と異なり、観光客が灯台の展望デッキまでのぼることができる、いわゆる観光灯台だ。久保さんはまさにこの灯台を活用した地域活性化に取り組んでいる。

 灯室からさらに鉄梯子をのぼって灯台のてっぺんに立つと、玄界灘(げんかいなだ)を一望できた。天気がよければ対馬まで望めるそうだが、あいにく小雨のぱらつく日だった。

 眼下の大バエから左へと数えていく。一のハエ、二のハエ、三のハエ。海に突き出た黒々とした岩棚は、溶岩台地が波と風に削られて形成されたものである。西日本有数の磯釣りポイントとのことで、豊里さんに借りた双眼鏡を覗くと、たしかに岩棚に釣り人たちの姿がうかがえた。

 これまでふたつの灯台を擬人化してきたわけだが、大碆鼻灯台についてじっくりと想いをめぐらせるまえに、中園さんがこう言った。

「太平洋戦争のころ、このあたりには砲台がありました。この灯台も探照灯の格納庫を利用して建てられました。かつては敵の船を沈めるための場所が、いまでは船を導くための灯台となっているわけです」

 手渡された資料には、格納庫に灯台の機器を設置し、厚さ八十センチもある天井に穴をあけて灯台本体にのぼる鉄梯子を取り付けたのだとあった。

 おかげで、大碆鼻灯台に対するイメージが固まった。海を監視する立哨。故郷から遠く離れて兵役につく彼は、雨に煙る海を見下ろしながら煙草を吸っている。そばにちっぽけな洋館なんかがあれば、まるでエドワード・ホッパーの絵みたいだ。心やさしい彼は、肩にかけた自動小銃の道義的な重さに困惑している。ふるさとの山河に想いを馳せながら、その胸にどんな灯をともしているのだろう……。

次のページ 灯台とはなにか?