目的の旧野首教会は、あいにく改修工事中

 目的の旧野首教会はやっぱり美しかったけれど、あいにく改修工事中だった。外壁に足場が組まれ、職人さんが屋根の上で作業をしていた。外にも中にも工事で使う道具類が積まれていたので、私は少しがっかりした。

 教会の外で、前田さんが潜伏キリシタンの歴史を丁寧に講釈してくれた。一五四九年にフランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えたところから語り起こし、ほとんど現代までの野崎島の歴史をかいつまんで解説してくれた。とても有意義な時間だったが、お話が一段落するころには、私は暑さにやられて頭がくらくらしていた。

 教会のすぐ下にある野崎島自然学塾村へ戻り、焼きサバ弁当で簡単な昼食をとった。食堂は冷房がほどよく効いていて、腹がくちくなった私は畳の上にごろんとひっくり返って泥のように眠った。まだ昼前だった。

 午睡(ごすい)のあとは、ぶらぶら歩いて港へ戻った。

 港のそばに、崩れかけた鳥居があった。いまにも崩壊しそうな石段が、境内までつづいている。そそられてのぼってみたくなったが、思い直してやめた。こういうところには良からぬものが棲(す)みついているかもしれない。好奇心に駆られて迂闊なことをすれば、悪いものを連れ帰ってしまう。なにしろホラー映画などではそうなっている。私はこれから灯台を見にいかなければならないので、やはり余計なことはしないほうがいい。触らぬ神に祟りなしだ。

 野崎島へ来たときと同じ船に乗りこみ、小値賀島へ戻ったのが午後三時半。手配したレンタカーが港で私たちを待っていた。

 前日同様、カメラマンの橋本さんの運転で斑島(まだらしま)灯台へ向かう。小値賀島と斑島をつなぐ斑大橋を渡り、ほんの十五分くらいで牛が放牧されている牧草地に出た。

 斑島は小値賀火山島群のひとつで、遣唐使の時代の船乗りたちにとっては、五島列島北部航路の目印となっていた。

 私たちの目指す灯台は、ゆるやかに起伏する広大な牧草地の先にあった。牛が逃げないようにフェンスが張りめぐらされていたが、斑島灯台の建つ岬まで広がる緑したたる草原に牛はいなかった。牛たちは道の反対側にいた。私は中島みゆきの歌を聴きながら、白衣を着たドクター・コトーのように自転車に乗りたくなった。

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