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犬が教えてくれた、新たな世界の見方

――タイトルにもなっているように『犬と厄年』には愛犬とのエピソードが満載です。犬と暮らし始めてから暮らしは変わりましたか?

 こんなに生活習慣って変わるもんなんだ、と驚くほどに一変しました。

 今までひとりでいることの身軽さを享受してきたので、「愛おしい」とか「この子のために早く帰りたい!」と思う対象と暮らしていることがとにかく新鮮で。

 同時に、自分がいなくなった時、この愛しい存在はどうなってしまうんだろうと心配になり、私は元々体が虚弱なのですが、誰よりも健康でいなければ……! と思ってしまうほど。

 私は子どももいませんし、現時点では出産をする意思もないので、育児をされている方々がSNSに子どもの写真をアップしたり、育児日記を綴ったりしているのを「交わることがない世界だな」とどこか冷ややかな感情で眺めていたんです。

 でも、犬と暮らし始めてから、不思議と子育て中の方々の奮闘に思いを巡らすようになりました。もちろん、子育てと犬を飼うことは全く違うものですが、懸命に子育てをしている人たちの気持ちを理解できない未熟な人間として歳をとっていくものだとずっと思っていたので、新しい視点を得られたのは嬉しいです。

 犬が近くにいることで、世界の見方に深みが増した気がします。

平井堅さんの曲を聴きながら、計画的に大泣きする

――生きものを育てるという経験を通じて、これまで交わらないと思っていた世界にも共感できるようになったんですね。犬との暮らしに加えて、年齢を重ねるなかで見えてきたことはありますか?

 20代の頃ってできることもできないことも、とにかくがむしゃらにやっていたので失敗も多くて。

 自分に向いている仕事だと思っていてもうまくいかないこともあるし、逆にこれは私には向いていないだろうと感じている仕事が評価されることも。

 でも30代になってからは、自分の取り扱い方がわかるようになってきて「以前にも散々やったのにうまくいかなかったんだから、また失敗しても当たり前」と、いい意味で諦められるようになってきました。身の丈とかキャパがわかってきたのだと思います。

 20代の頃はそれこそ、つらいことがあると帰ってひとりで泣いていたんですが、今は計画的に泣くようにしています。

――計画的に?

 全然、ポロリ、と泣けなくなったんですよね。なので悲しかったこと、むかついたことをスマホにメモしておいて、「明日は休みで誰にも顔を見られないし、今晩、ちょっくら泣いてみるか~」とタイミングを見計らって大泣きします。西野カナさんや平井堅さんの曲をかけながら(笑)。

 めっちゃすっきりするのですが、たまに泣き足りないと感じた時は、飲んでいた麦茶をハイボールに変えて、涙を全力で絞り出してデトックスします。頻度で言うと、季節ごとに一回のペースでやってますね。

 犬の力を借りたり、文章を書いたり、タイミングを決めて思いっきり泣いたりしながら、めんどくさい自分をなんとか飼い慣らしてます。まわりの先輩が「歳を重ねると、生きやすくなるよ」と言っていた意味が、少しずつですがやっとわかってきました。

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紗倉まな(さくら まな)

1993年、千葉県生まれ。工業高等専門学校(高専)在学中にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。2016年『最低。』で作家デビューし、この作品は後に映画化され東京国際映画祭のコンペティション部門にもノミネートされた。文芸誌『群像』に掲載された『春、死なん』は2020年度野間文芸新人賞候補作となり注目された。

『犬と厄年』

定価 1,870円(税込)
講談社
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2025.07.05(土)
文=高田真莉絵
撮影=平松市聖