この記事の連載
金原ひとみさんインタビュー #1
金原ひとみさんインタビュー #2
「母親なのだから当然」? 苦しめられる母性幻想
――結婚や出産といったライフイベントにおいても、女性が不均衡や生きづらさを感じる場面は多くあります。例えば姓の問題や、出産後のキャリアのことなども。
金原 姓を変えることは、私が結婚した20年ほど前は当然のように女性側が変更するもので、私自身、大変な手続きを強いられました。本来はどちらの姓にするか話し合いがあってしかるべきだったし、選択的夫婦別姓制度があればそこで苦しむこともなかったのにと思います。中絶における配偶者の同意要件や、中絶薬へのアクセスの制限など、女性の身体への権利を搾取するような制度が残っていることについても見直しが必要だと思います。
出産後のキャリアについても、女性は困難な状況に置かれがちです。育児の負担が女性に集中し、「母親なのだから当然」といった「母性幻想」が根強く残っている現状は私自身も母親になってから実感しました。あの時期、自分自身もまた母性幻想を内面化していたことに気づき、そんな自分にショックを受け、そのことも含めて小説に書きました。あとはあまりお母さんっぽい格好をしたくないなと思い、あえて派手な格好をしてみたり(笑)。
――金原さんが母性幻想に抗ってきた姿勢、素敵です!
金原 当時は、「母親のくせに」的な批判が今よりも強かったと思います。私は子供の頃から「こうあるべき」という世間が要求してくるものに応えることができず、学校にも行けなければ、家庭にも馴染めませんでした。それなのに母親になった途端「良妻賢母」的なものに迎合できるわけもなく、その逆をいくという選択をすることでしか、生き延びられなかったのだと思います。
――ワンオペ育児に関するコラムも話題になりましたね。
金原 これまでは女性のぼやき程度に扱われて問題提起すらされなかったことも、「ワンオペ育児」という言葉の認知により多くの人が声を上げられるようになりました。それでも、母親たちが問題を一から百まで言葉にし尽くさなければいけない現状がまだあると感じます。
それに産後うつやワンオペ育児を乗り越えるには第三者の助けが必要ですが、相談機関に行っても自己責任論であしらわれることがあると聞きます。救済システムがあまりにも整っておらず、母親の根性論にすべてがかかっているといまだに感じます。
――仕事においては女性ゆえに能力を低く見られたり、愛嬌だけを求められるという意見もありました。
金原 それはおぞましい現象ですね。女性軽視をする人って、マドンナとか宇多田ヒカルとか、どんなに優れた能力の持ち主であってもどうにかしてバカにしようとするんですよね。こういう人とは距離をとるのが一番なんですが、仕事の現場ではそうもいかないですよね。そう簡単に配置換えもできないでしょうし。
自分自身がそうした悪意に侵されることがないよう、そういう悪意の持ち主を客観的に批評できる環境、例えば同じ悩みを持つ友人など、横のつながりを持てると楽になると思います。
――マンスプレイニングを受ける事例も多いようです。
金原 カフェなどで仕事をしていると、必ず一組はそういった場面に遭遇します。男性が女性に対して、延々と何かを教えているんです。それもどう見ても権力勾配を利用して「上から」話しているように見えるケースが多い。こうした光景が日常的に繰り広げられている現実に、私自身げっそりすることがあります。
――容姿に関して何か言われたらどう言い返しますか?
金原 私は忖度しなければならない相手があまりいないので、「容姿のことを人に言っちゃいけないんですよ」と諭しますね。最近ではさすがにほとんど目にしなくなりましたが、部下の女性の肩をナチュラルに抱いたり、目に見えるセクハラをする人には「本当にやめた方がいいですよ」って、真剣なトーンで言うようにしてきました。
金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
1983年、東京都生まれ。2003年に『蛇にピアス』ですばる文学賞を受賞しデビュー。04年に同作で芥川賞受賞。近著に『腹を空かせた勇者ども』『ハジケテマザレ』『ナチュラルボーンチキン』などがある。

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性加害の告発が開けたパンドラの箱——MeToo運動、マッチングアプリ、SNS……世界の急激な変化の中で溺れもがく人間たち。対立の果てに救いは訪れるのか?「わかりあえないこと」のその先を描く、日本文学の最高到達点。
続きは「CREA」2025年夏号でお読みいただけます。

2025.08.30(土)
文=綿貫大介
写真=佐藤 亘
CREA 2025年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。