「真実がわかることなどない」と気づいた

 ヨソプ監督が脚本を執筆していたのは2017年から2020年ごろ。「当時は個人メディアを含むあらゆる媒体が台頭していた時期。既存のレガシーメディアでは実態がつかめない出来事や事件がいくつも起きていました」。そうした社会状況を、物語に反映させようと考えたという。

 たとえばヨンイルは、戸籍すら持たない自分たちを“空っぽの存在”すなわち「空き缶」と呼び、社会の最底辺に位置づける。物語のカギとなる事件では、裏金問題に揺れる次期検事総長候補がターゲットだ。

 その一方、社会問題や事件を追いかけるのは警察やマスコミだけではない。素性の知れないYouTuberたちも周辺に張りつき、ネット上では根拠のない陰謀論が噴き上がりはじめる。

「当時はニュースの報道にすごく注目していました。“出来事の結果を知りたい、真実を知りたい”と。けれども結局、真実がわかることなどないのだと気付いたんです。そして、証拠がなければ陰謀論はいくらでも作られてしまうのだということも。人々は出来事の結果だけを見て、そこに勝手な物語を付け加えることで陰謀論を生み出してしまいます」

 ヨソプ監督は「真実とは接近するほど見えなくなってしまうもの」だと語る。「真実がわからないまま死んでしまうのかと思うと、怒りと恐怖、むなしさを感じた」とも。

カン・ドンウォン演じるヨンイルの魅力

 こうした感覚は主人公ヨンイルのキャラクター像に反映された。監督いわく、ヨンイルは「スマホばかり見ているような群衆のひとり、あくまでも平凡な男」。演じるカン・ドンウォンのアイデアを受けて、その人物像はさらに膨らんでいった。

「ダークな内容の映画だからこそ、ヨンイルを少しだけ愛らしい人物にしたいと思っていました。カン・ドンウォンさんが演じれば観客も心を開いてくれると感じていたので、脚本を気に入っていただけて本当にうれしかったですね。『きっとヨンイルならこうする、こう感じる』という意見をたくさんいただき、シーンにそのつど取り入れていきました。とても緻密な思考と計画のある方なので、信頼してこの役を任せることができました」

2025.06.28(土)
文=稲垣貴俊