207kgを持ちあげた時の“ゾーンに入った”感覚

――207kgの重さを感じないなんて……!

三宅 もちろん、207kgを持ち上げられる身体がなければできないことですけど、バーベルを支える支点がピンポイントで填まれば、重さは感じないんだな、って。あれは自分でも、本当に不思議な感覚でした。

――ゾーンの体験は1回だけですか。

三宅 練習を含め3回あります。練習や試合は何万回、何十万回としているので、そのうちのたった3回。確率はめちゃくちゃ少ないです。感覚が残っているので再現しようとしても、筋肉は一回バーベルを上げると筋繊維が壊れリセットされるので、またゼロから作らなければならない。日々の食事や練習量、メンタルの状態など様々な要因が全く同じという日はないので、計算してゾーンを作るというのは神業に近いと思います。それをコントロールできる人はまさに神の領域だと思いますね。

「体を動かしたいな、ピアノ向いてないな」

――そもそも、ウエイトリフティングを始めたきっかけは?

三宅 最初は絶対やりたくないなと思っていたくらいでしたね(笑)。兄が2人いますが、次兄とは10歳離れた待望の女の子だったみたいで、家族みんなに可愛がられていた記憶があります。

――音大出身のお母さまから、ピアノを習っていたそうですね。

三宅 フリルが付いた洋服を着せられ、髪にはリボン、そしてエナメルの靴を履かされていましたね。でも、じっとしているのが嫌いで、体を動かしたいな、ピアノ向いてないなって思っていました。

 中学3年だった2000年のシドニー五輪で、バーベルを上げる女子選手を見て「カッコいい!」と思ったんです。

父も母も大反対だった“三宅家の一大事”

――当時のご家族の反応はどうでしたか?

三宅 私がウエイトリフティングをやりたいと言った時は、家族みんながびっくりしていましたね。“三宅家の一大事”といった様子で、父も母も大反対でした。

 でも、頑として折れない娘に母は観念したらしく、居間にあったグランドピアノを貸倉庫に預け、練習スペースを作ってくれたんです。父はどうせすぐに諦めるだろうと様子見でしたが、私がすぐに42.5kgを挙げたので驚いたそうです。その数字は父が高校時代に挙げた記録だったとか。

2025.06.21(土)
文=吉井妙子
撮影=鈴木七絵