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政治や戦争、フェミニズムのことを自分の言葉で喋りたいし、他の子の言葉を聞きたい

――実際に身を置くことで感じることがあったんですね。

 戦時中に日本がしてきたこと、慰安婦問題や韓国併合のことは知識として知ってはいたけれど、その街に自分が立って耳から韓国語が聞こえてきたとき、動けなくなる感覚があって。ネットで調べていたときの感じ方とは全然違って、身体で理解した感じがあったんです。韓国には好きな人もたくさんいるし、韓国の文化も好きだけど、好きなのであれば過去に何があったのかちゃんと知らないと失礼になるなと思いました。

 他の国でも、韓国で経験したようなことがもっとある気がして。だからどこかに身体ごと行って、生活したいって思っています。生活すれば知識以外のことも吸収できるし、いいことが起きるのが確定しているチャレンジじゃないですか。

――たしかに。語学学校ではさまざまな国の人と出会うでしょうし、歴史上あったことも、いま起きている戦争に関しても、それぞれの国の人の言葉を聞くことができそうですね。

 聞きたいことがたくさんあります。政治や戦争、フェミニズムのことを自分の言葉で喋りたいし、他の子の言葉を聞きたいな。そのためにも喋るための言葉が欲しいですね。

――俳優として作品にたくさん出ている中で日本を離れることに対して、いいときにもったいない、と思う方もいそうです。

 「大丈夫なの?」と言われたこともあるけど、「それはそれ、これはこれ。また頑張ればいいじゃん!」って思っています。これまでのこともオーディションを受けて頑張った結果だから、日本に戻ってきたらまた変わらず頑張るだけ、という感覚ですね。むしろ今後の自分をもっといい自分にするための時間でしかないから、そういう意味でもいまこのタイミングで日本を離れることはあんまり関係ないのかなと思ってます。

――地に足がついた感覚がありますよね。

 野良で生きてきたからだと思います。ギャルバイブスがあります、ずっと!

――奈衣瑠さんは自分の人生を大事にされているけど、同時に年下の世代にいい種を渡したいという思いから社会に対する“なんで?”を追求する雑誌『EA magazine』をつくるなど、他の人に思いを渡していく感じがあるのも魅力的だなといつも思います。

 自分に対して正しく興味を持つと、その先に欲しかった答えが得られることがあると思うんです。学生時代から、自分や友達が受けたことに対する悔しさとか悲しみに対して、「絶対許さない!」って気持ちがあって。もともとはそんな自分の気持ちを助けるために行っていたことではあるんですが、同じ感情をきっともっとたくさんの人が感じているんじゃないかなと思うんです。だから、私の表現が、若い人たちにとって「なんで?」と思ったり、おかしいと思ったりしたことと向き合うきっかけになってくれればと思います。

――奈衣瑠さん自身のこれからはもちろん、さらに新しい視点を持った奈衣瑠さんをスクリーンを通じて見られるのもいまからとても楽しみです。

 うれしいです。自分が自分の研究対象だから、自分を使って何を発生させられるんだろうっておもしろく見ているんですよね。

 自分なりのアイディアを周りにしっかり伝えていけば、お互いの考え方の習慣というかアルゴリズムが崩れていく。それをきっかけに、こういうのもアリかも、とか良いズレが起きていって私にも周囲にも今までにない新しいものが生まれてほしいと思っているんです。

》【前篇】「私は私でいいんだ」俳優になって5年。自分を肯定することから始まる山本奈衣瑠の前向きバイブスを読む

山本奈衣瑠(やまもとないる)

1993年生まれ、東京都出身。モデルとしてデビュー。モデルとして活躍しながら自ら編集長を務めるフリーマガジン「EA magazine」を創刊しクリエイターとしても活動。2022年からは俳優としても活躍の幅を広げ、『猫は逃げた』(監督:今泉力哉)で映画初主演に抜擢。「SUPER HAPPY FOREVER」の芝居が評価され、第38回高崎映画祭では最優秀助演俳優賞を受賞、さらには第79回毎日映画コンクールのスポニチグランプリ新人賞にノミネートと映画界の注目を集める。

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2025.05.19(月)
文=竹中万季
写真=佐藤 亘