完璧に整ったうつわより、歪みのあるものが好き

――使うことで「うつわが育っていく変化が面白い」とも書かれています。手に取って、口をつけて、料理を盛って、そして洗ってみてうつわを感じ、何が使いやすいのかを体感していく様が、全体の文章から伝わってきました。

石村 使いやすいというのは、手になじむということ。買うときにうつわに口をつけることはできませんから、これまでいっぱい買って試して、使って、テストしてきました。うつわを売る側になった以上、お客様に「失敗した……!」なんて思っていただきたくないですから。「用と美」ですよね。用だけでは好き嫌いの気持ちは満たされないし、美だけでは用を足さない。

――どちらも兼ね備えたものを石村さんのお店では扱っている、ということですね。

石村 ただね、私は完璧に整ったうつわより、歪みのあるものが好きなんです。味があります。でもゆがみがあると重なりにくいかもしれない。でも、だからこそのぬくもりもあると思うんです。

――歪みに「生きもののような迫力」を感じる、と書かれていたのも印象的でした。歪みは大量生産品では出せない「個性」でもありますね。そういう個性を感じて好きになったら、作家の工房を訪ねられることが多いとか。

石村 好きな作品に出合うと、どんな人が作っているんだろう、作っているところを見たい……と必ず思います。そして車を飛ばしてしまう。20代のときからそうなんです。そしてね、何も知らない若いうちに行くと、みなさんやさしくいろんなことを教えてくれます。

――ただ収集するのではなく作り手と交流し、その作品を愛して、実際に使い続け、お店でも紹介していくというのが石村さんのスタイルなのですね。

石村 そして集めてきたうつわで、やっぱりお客様におもてなしをしたい。それもあれこれご馳走を作るのじゃなく、「くり回し」をしながら、おいしく作るにはどうしたらいいかな、と考えるのが楽しい。

――くり回し、ってどういうことでしょうか。

石村 そうですね……「残ったものにまた花咲かせてやりたい」というか。あまっている野菜を、どうやったらきょうのお客様みんなの口に入るようにできるかな、このねぎだったら細く切って熱々のごま油かけようかな……みたいな感じで発想して。そんな料理が好きなんです。

――ご夫婦での日々の食卓も、そんな感じですか。

石村 とにかく私はこれまで出張が多かったんですよ。だから長い出張の時は毎日の食事を「これはチン3分」とかそれぞれメモを付けて、冷凍庫に入れておく。夫は(私の料理を)喜んでくれていたと思います、不在が多くても仕事を応援してくれました。夜中に出張から帰ってくると「由起子へ 冷蔵庫に梨をむいて入れてるから」なんてメモが必ず置いてある。そういえば今年はもう金婚式でした。

――小さなメモの交換が、おふたりの意思疎通だったんですね。意思の疎通といえば、「うつわ同士が会話するときがある」なんて一文も素敵でした。うつわ同士が共鳴するような瞬間がある、と。

石村 食事のときに並べてみると「互いにいい顔をする」ようなね。本当にそうなんですよ。うつわが「もっとわたしを奥から出して」、なんて言ってると感じるときもあります。

――大量にあるうつわを定期的に奥から出したり、逆にしまったりというのはあるのですか。

石村 夏と冬にうつわを入れ替えてます。夏は厚手のものから薄手のものへ、色の濃いものから白っぽいものに替える。服と一緒なんですよ。ガラスも夏だけということもなく、寒い時期には吹きガラスの、厚ぼったいものをよく使います。暑い時期は薄いガラスがいいです。食器棚を見ながら「そろそろあのうつわを出そうかな」とか、「今度あの人が来るときはあのうつわを出そう」なんて考える時間は、とてもわくわくしますね。


おわりに

 うつわにはその日の記憶が宿っているような気がする、とも石村さんは書いている。出合った場所の表情や土地の香り、売り手の雰囲気やちょっと交わした言葉。そして自宅で誰かと一緒にそのうつわを囲んだときの思い出。いろんなものがしみ込んで、うつわに宿っていく。使ってきた自分の歳月もまた染み込んでいくのではないだろうか。石村さんと共に歩んできたうつわの「貌(かお)」が、なんともまぶしく、うつくしい。『うつわ』とは、そんな本だった。

石村由起子(いしむら・ゆきこ)

香川県高松市生まれ。奈良県にあるカフェレストラン、ギャラリー&ショップ「くるみの木」代表。オープンは1983年、現在は全国から客が訪れる人気のスペースに。空間プロデュースや地域活性のアドバイス、飲食施設の監修、そして著述など幅広く活躍を続けている。2025年5月17日(土)、代官山T-SITEにて『うつわ』発売記念 石村由起子×野村友里トークイベント開催(Zoom配信あり)※要予約
くるみの木 https://www.kuruminoki.co.jp/

聞き手・構成 白央篤司

フードライター、コラムニスト。「暮らしと食」をメインテーマに執筆する。CREAでは「うつわのある暮らし」シリーズを担当。https://crea.bunshun.jp/list/tableware 主な著作に『にっぽんのおにぎり』(理論社)『自炊力』(光文社新書)『はじめての胃もたれ』(太田出版)などがある。
https://note.com/hakuo416/n/n77eec2eecddd

うつわ

著者:石村由起子(著)
発行日:2025/1/25
定価:3,300円(税込)
青幻舎
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2025.05.16(金)
文=白央篤司
撮影=平松市聖