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感情が動く瞬間を描く楽しさ

――創作の苦しさを伺った後になんですが、97年にデビューなさって、2年後には30周年を迎えられます。それにあたって、描いてみたい物や考えていることはありますか?

志村 具体的なお話はまだないんですけど、何年か前から児童向けのお話を描いてみたいというのはあります。どういう媒体で描けるのかわかりませんし、そういう機会が持てるかどうかも分からないですけど。

――おぉ! かわいいです、絶対に。人と人とのやり取りが本当に魅力的なので、子どもが大人になっていく過程で読んで、「これを読めて幸せだった」と思えるようなものを描いてくださる気がします。

志村 そう思ってほしいんですよ。小学生の子だったり、中学生の子だったりが読んで面白いと思ってくれて、振り返った時に宝物のように愛してくださるようなものが死ぬまでに描けたらいいなというのがあります。

――では30周年を前に、これまでの活動を振り返って思うことはありますか?

志村 描き始めた頃に「30年描くぞ」と思うと気が遠くなる話ですけど、過ぎちゃうとあっと言う間ですよね。私は好きなことじゃないと続かない性格で、マンガ以外に長続きしたことがひとつもないんですね。他に何も持っていない分、情熱を失っちゃうと立ちいかなくなってしまうので、それを失わないことが目標です。

――マンガを描く上で一番楽しい作業は何をしている時ですか? 例えば、アイデアを練っている時なのか、ネームが出来て「さぁ、描くぞ」となる時なのか。

志村 一番のピークはネームがノッてきた時なんですけど、そうするとネームを描き上げるまでに1回力を出し切ってしまうので、ペン入れの時に「やっと下絵を描き終わったのに、また同じ絵を描き始めるんですか? 意味が分からない」って(笑)。なかには、「ここ、早くペン入れしたい」と思うコマもあるんですけど、全てがそういうわけではないので。

――ペン入れは何を描いている時が一番楽しいですか?

志村 表情筋がくしゃくしゃになっている顔とか、体に動きがあるとか、感情が動いている瞬間を描く楽しさはありますね。逆に、美男美女が一番難しいです。特に正面向いてスンとすましている顔は難しさもあるし、あまり楽しくない。棒立ちになっている絵なんかは、一番心が躍らないです。

――では、絵を描く時に気を付けていらっしゃることはありますか?

志村 気を付けているというか、つい「キレイに描かなきゃ」「はみ出しちゃいけない」みたいなことを考えがちなので、そこから解放されたいというのはあります。まだ本当の意味で、自分が解放された絵を描いたことがないので。

――マンガの約束事みたいなものから解放されたいということでしょうか?

志村 なんでしょうね……。例えば、イラスト単体のお仕事もたまにいただくんですけど、いまだ自分の中に確立されたものがなくて、ひと様が描いた自分に刺さる絵を見た時に、そこに憧れるというか。もちろん、自分が描いた絵をグッとくると言って下さったり、刺さるものがあったとか言われると有難いんですけどね。でも、まずは自分で描いた絵に、自分でうっとりしたい。そこがなかなか難しいんですけどね。

――創作道は深いですね。そして、志村さんはご自身に厳しい。お伺いしていて、見る目の確かさがそうさせるのかな? と思いました。

志村 いいものを自分で表現できるという訳ではないんですけど、いいものを見て、「これは素晴らしい」と見抜く目だけは子供の頃からあって、それだけは自信があります。だからといって、自分が描くものにそれを落とし込めているかというと、そうではないんですけど。

――そんなことはないと思います。そして、見る目のある志村先生が最初に太鼓判を押されたこのドラマは素晴らしいということになりますね。

志村 はい。綾乃と朱里が本当にそこにいますので、ぜひご覧になってください。

名作を生み続ける漫画家・志村貴子の“物語のクライマックス”の作り方「過去の自分が遠投したボールを拾いに行くように描く」

志村貴子(しむら・たかこ)

1973年、神奈川県生まれ。1997年『ぼくは、おんなのこ』でデビュー。代表作『青い花』『放浪息子』はテレビアニメ化された。2015年、『淡島百景』が第19回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。2020年、『どうにかなる日々』のアニメが劇場公開。その他、『こいいじ』『娘の家出』『敷居の住人』『ハツコイノツギ』など、著書多数。2025年、『おとなになっても』が自身初の実写ドラマ化。

Huluオリジナル「おとなになっても」

4月26日(土)よりHuluにて独占配信開始(全12話)
出演:山本美月
   濱正悟
   桐山漣* 河北麻友子
   錫木うり 樋口日奈 織田梨沙
   野口かおる 田中直樹
   麻生祐未
   栗山千明
*桐山漣さんの「漣」のしんにょう点はひとつ
原作:志村貴子『おとなになっても』(講談社「Kiss」所載)
©志村貴子/講談社 ©HJホールディングス
https://www.hulu.jp/even-though-were-adults/

おとなになっても(1)

定価 150円(税込)
講談社
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2025.05.04(日)
文=山脇麻生
写真=末永裕樹