ルーベンは『魔術師の匣』と『罪人たちの暗号』では、かわいそうなことに“好色漢”と人物紹介欄にあり、たしかに若い女性を拾っては性的関係に耽ることを趣味にしている男だから間違いではないのだが、『罪人たちの暗号』では自分に娘・アストリッドがいることを知ってどぎまぎする姿が捉えられて、読む方も顔があからんでしまうほど初々しい。そこから子供を育てる同僚の女性たちの姿に自然と目がいくようになり、本書では、幸福とは何であるか考えて、ある女性とつきあうようになる。“好色漢”という文字が人物紹介から消えているのはそのためである。

 ユーリアも『罪人たちの暗号』で息子ハリーを授かり、ややぎくしゃくしていた夫トルケルとの関係も、養育を助け合うことで距離が縮まっていく過程が微笑ましかったが、本書でもその関係は続いている。

 刑事クリステルは、『魔術師の匣』で、事件関係者の犬(名前はボッセ。犬種はゴールデン・レトリバー)をミーナに代わって預かるようになり、『罪人たちの暗号』では愛犬をつれて、数十年ぶりに同性の友人のラッセと再会し、本書ではパートナーとなり、刑事仲間たちを手料理でもてなす場面もでてくる。

 本書にはもう登場しないが、前作で凶弾に倒れたペーデル刑事の存在も依然としてある。三つ子の父親として特捜班の中で最も愛嬌のある刑事として慕われていたペーデルの死の衝撃はいまだ尾をひいていて、それぞれの人生を見つめなおす契機にもなっている。

 その死の体験は、別の意味で、ミーナとヴィンセントの関係にも影を落としている。『魔術師の匣』のクライマックスの生きるか死ぬかの瀬戸際での体験が二人を精神的に結びつけ、恋愛感情を抱くようになりながらも、それを表には出さないように逆に距離を置くようになっている。『罪人たちの暗号』でも本書でも、ミーナとヴィンセントはおそろしいくらいに距離をおいていて、相手に踏み込まないようにしている。ヴィンセントには三人の子供がいて、妻のマリアが異常なまでの嫉妬心をもって夫を監視していることもある。ミーナはミーナで、毎日のように思い続けながらも十年間連絡をとっていなかった娘ナタリーとようやく『罪人たちの暗号』で再会し、母親と娘という関係の構築に腐心していることもある。というのもナタリーは母親は亡くなっているとばかり思っていたからで、娘は突然の母親の出現に納得いっていないのだ。

2025.04.22(火)
文=池上冬樹(文芸評論家)