という紹介では、訳がわからないかもしれないので、まずは作品を紹介しよう。
本書『奇術師の幻影』は、スウェーデンを舞台にした『魔術師の匣』『罪人たちの暗号』に続くミーナ&ヴィンセントもの第三作で、完結編にあたる。
ミーナの元夫であるニクラス・ストッケンベリは、スウェーデンの法務大臣だが、何者かに脅迫されていた。その日ミーナと娘のナタリーと三人で食卓を囲んでいると、宅配会社の男が黒い封筒を届けにくる。裏には何も書かれていない。開けると白い紙に電話番号が書いてあり、それにかけると、録音した女性の声が聞こえてきて、「お客様の命は、あと十四日一時間十二分です」というメッセージが流れる。ニクラスは気分が悪くなるが、ミーナにはその話をしなかった。
一方、ストックホルムの地下鉄のトンネルで、人骨の山が発見される。大腿骨の骨折と歯型から四カ月前に失踪した実業家ヨン・ラングセットであることがわかる。メンタリストのヴィンセントの力をかりながら、ミーナたちがヨン周辺を探っていくと、隠された人間関係と人脈が見えてくる。
ニクラスは当初甘くみていたが、思っていた以上に自分の行動が脅迫者に把握されていた。刻々と時間が経過して残り少なくなっていく。実は、ヴィンセントもまた自身と家族に対する何者かの脅威に苦しんでいた。そしてミーナたちが追う事件も新たな展開をとげる。地下鉄のトンネルでまた別の骨が発見されたのだ。いったい誰の骨なのか? 誰が大臣を狙っているのか? ヴィンセントに迫る脅威とは何なのか?
ひとつひとつの事件の展開も緊張感があって面白いが、それがだんだんと交錯していき、謎を深め、ドラマを強めていく。この事件の連繋が滑らかかつ劇的でいいし、相変わらずミーナとヴィンセントの事件への没入ぶりが読ませる。第一作『魔術師の匣』ではヴィンセントの過去が、第二作『罪人たちの暗号』では第一作で語られていたミーナ自身の娘と母親の問題が大きく事件に作用していたけれど、第三作の本書では、事件を通してミーナの元夫と娘との関係が緊迫感を増し、ヴィンセントは自身にとりつく謎の存在の探求がいちだんと深まっていく。それらがみな渾然となって結末へとなだれ込んでいく後半のダイナミズムも実に読ませる。
2025.04.22(火)
文=池上冬樹(文芸評論家)