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有名になってからも「テレビには絶対に出ない」って

町山 ナンシーさんのテレビとの距離感って、いとうさんもそうだけど、東京出身の我々とは全然違うんです。

 私は東京の真ん中で生まれ育ち、中学は麹町だったんですが、『紅白歌のベストテン』の夏のプール大会の収録は学校の隣の赤坂プリンスだったので、ヒデキ(西城秀樹)の歌声が漏れ聞こえてくるという、その話をするとナンシーさんは「イヤな話」って言うわけですけど(笑)、私とヒデキの距離感と、夕方に『笑っていいとも!』を観る距離感には途方もない差があって。

 しかもあの時代は、「業界」全体がうまくいっていたから、テレビの人たちは自分たちのコミュニティの中だけでやっていたし、外のことなんて誰も考えてなかった。そんなときに、声を上げたのがナンシーさんだった。

いとう コミュニティの外の外から言ったんだよね。「それ、ちょっとヘンじゃないの」と。

町山 そうなんです。「中」の人たちに「いやいや、私、お昼に観れてないし」って。

いとう その距離感こそがナンシーのキモだった。だから、ナンシーは有名になってからも「テレビには絶対に出ない」って言ってたのをよく覚えてるんだ。

――ナンシーさん、テレビに出たことってなかったでしたっけ?

真里 いえ、何回かはあるんですが、本当にもう、数える程度だったので。

町山 『タモリ倶楽部』とかNHK『婦人百科』の「消しゴム版画の年賀状の回」とか、ほんのちょっとだけ。

いとう 「出ると中に入っちゃうから書けなくなる」ってよく言ってたもの。

町山 やっぱり「中と外」の意識がナンシーさんにはあったし、あの頃のテレビにははっきりと境界線があった。だから、「外」のナンシーさんから「なにやってんだよ」って言われて初めて、「中」の人たちは「え?」って(笑)。

2025.04.01(火)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖