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テレビの後ろ姿に目を向けた“視点の人”

いとう でも、そんな調子のいい時代ではあったけど、その距離感を踏まえ意識的に新しいテレビを作ろうとしていた人たちは少なからずいたわけで、「この部分に着目して書いてくれてうれしい」とナンシーを指針として番組を作ろうとしていたテレビマンも結構いたんですよ。

 だから、ナンシーが知らないうちに、そんなつもりはまったくなかったのに、いつの間にかテレビに大きな影響力を与えていた、ということもあってさ。いま現在のテレビにおいて、そういう存在の人っているんだろうか? 的確な批評ができる人っているんだろうか?

町山 いまは、「中と外」がなくなり、境界線もなくなってしまったので、じゃあどの視点で書くのかというと、すごく難しい。若い人の多くは、どのチャンネルで何時にやってる番組か、番組タイトルさえも知らない。そもそもテレビは「流れてくる動画の1つ」でしかなく、昼の番組であろうが夜の番組であろうが関係ない。

 しかも切り取りができちゃうから、それだけを受容してSNSで発言する人もいる。テレビが30分なり1時間なりの枠で放送しているという概念自体が崩れているから、なかなか話ができないのではないかと思うんですよね。

いとう そういう意味では、ナンシーはいい時代にいた、ということだ。テレビにとってもいい時代をナンシーに観てもらっていたし、ナンシーの視点で切り取ってもらうことで、2倍以上面白くしてもらったんだもの。

 例えば、小野ヤスシさんの番組も、ナンシーの小野ヤスシ論を読んでから観ると途端に面白くなるわけじゃない(笑)。俺は小野ヤスシさんのいい加減な感じが好きだったし、芸能界の面白さを言えた人だったと思うけどね。

町山 さっき、真里さんが整理したナンシーさんのはんこをいとうさんと一緒に見させてもらい、ナンシーさんの自画像はんこもいくつか見ましたけれど、いとうさんが好きだというナンシーさんの自画像は、ナンシーさんがいちばん多く使っていたもので、斜め後ろの角度から見た自画像。自分からは見えない角度の絵なんです。

 やっぱりナンシーさんは視点の人。それを自身も自覚していたからこその自画像だと思う。テレビの人たちは自分の後ろ姿を観られてるなんて思わずに放送してたわけだから、そこに目線を向けたというのはすごく大きかったと。

いとう 昔はさ、ドラマもみんな本気で観てたから、それが役者の芝居だとは思わなかったじゃない。その人が実は普段はごく普通の人で、お風呂も入るしトイレも行く、ということを考えなかった。後ろ姿がどういう人なのかを。でもナンシーはそれを見抜いていたということだ。

町山 やっぱり人って、何かを演じていたとしても、こぼれ出てしまうものだから、ナンシーさんはそれを見逃さなかったってことだと思うんです。

いとう 漏れ出ちゃってたんだ(笑)。

2025.04.01(火)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖