思いっ切り振り切ったなぁ、と感心したのは平賀源内の扱いだ。

 史実で明確になっている蔦重と源内の接点は吉原細見『細見嗚呼御江戸』の序文くらい。その以前も以降も、さほど親密な間柄にはなっていない。でも「べらぼう」での源内は、スタート時からキーパーソンとして、頻繁に、濃密に蔦重と関わってくる。

 おかげで源内が男色家ということまで暴露されてしまった。

 しかし、彼がホモセクシャルだったのは歴然とした事実。吉原細見で徹底した遊女のリサーチをこなした蔦重に負けじと、陰間茶屋(男娼を置く妓楼)のガイドブック『男色細見』において、江戸の葭町(よしちょう)で67人、湯島天神の42人ばかりか上方へも触手を伸ばし京の宮川の85人、大坂の道頓堀は49人と三都の陰間を詳細にリサーチしてみせた。

 源内が、恋人と噂された女形役者の2代目瀬川菊之丞を主人公に、BL小説『根南志倶佐(ねなしぐさ)』まで書いていることも附記しておこう。

 それにしても、源内役の安田顕はおいしい役をゲットした。飄々たる怪演ぶりが愉しみでならない。

実際の田沼意次は陳情者に「人とも思わぬ態度」で接した?

 源内は、田沼意次による政治工作のキーパーソンでもある。私は「べらぼう」における源内の重用が「田沼意次を登場させるフック」に他ならないと睨んでいる。

 というのも、近年になって歴史学者の間では、貨幣経済への移行や商業振興といった面での田沼再評価が盛ん。賄賂政治家のレッテルを貼られがちだった田沼像に新解釈を与えることが、大河ドラマのお手柄になる可能性はある。

 それに“国際俳優”の渡辺謙に田沼役をオファーした以上は人物造形を蔑ろにできるはずがない。昭和の時代劇の悪代官みたいな設定では受けてもらえまい。さらに、田沼絡みで将軍に御三卿、大奥を巡る陰謀策謀を描けば、先行する蔦重を描いた映画や数多の出版物との差別化も図れる。

「べらぼう」の脚本家は「JIN‐仁‐」「大奥」といった江戸の時代物を自家薬籠中の物としているだけにこれぞ、一石三鳥。NHKにすれば「これしか中橋(なかばし)」、かくいう私は「恐れ入谷の鬼子母神」。

 田沼がらみといえば――初回で蔦重が田沼に直訴するシーンは「時代改変」「ありえない」と物議を醸した。歴史ファンにすれば、吉原のチンピラが時の老中に談判なんて噴飯物でしかあるまい。

 コミックなら許される荒唐無稽も、大河ドラマではまだ批判されるようだ。でも、この手法は「どうする家康」や「光る君へ」などでお馴染みではある。となればNHKは確信犯で、時代改変路線を伝家の宝刀にするつもり?

 参考までに田沼の屋敷での陳情がどんな様子だったか、“歴史的事実”を紹介しておこう。平戸藩9代藩主の松浦清(まつらきよし)が『甲子夜話』第二巻に書いたエピソードだ。

 松浦の殿様は田沼に取り入ろうと彼の上屋敷を何度も訪れた。だが、田沼屋敷は同じ思惑の大名や旗本で千客万来、30人はゆったり座れそうなスペースに、来客が何列にもぎっしり並んでいる。それどころか、座敷に入りきれぬ者は廊下にまで溢れ、田沼が現れても顔すら拝めなかったらしい。もちろん、田沼に群がった面々は「心を尽くしたる」献上物を手にしていた。

 そして、田沼は陳情者に対して人とも思わぬ態度で接したという。

2025.02.05(水)
文=増田晶文