「独ソの関係が曲がりなりにも不可侵条約の精神を堅持しておれば、その実を期待しうるともいえようが、独ソの関係が今日の如く危局に立ち、しかも独逸側が認むる如く、英米のソ連誘引が効果を挙げつつある事情を考慮に入れるならば、三国条約と中立条約の連鎖はすでに内部崩壊の状にあるといわなければならず、従ってアメリカに対する政治的効果も多くを期待し得ざるべしと思わる。従って重慶に対する効果もたいしたものと認められぬようである。」(田中新一「大東亜戦争への道程」第五巻、防衛省防衛研究所所蔵。「大東亜戦争への道程」は田中自身の当時のメモ「参謀本部第一部長田中新一中将業務日誌」をもとに、戦後、田中自身が自らまとめたもの。以下とくにことわりのない限り、田中の意見や判断はこれによる。なお、「大東亜戦争への道程」が書かれたのは敗戦後であり、戦後の視点からの改変が疑われうる。だが、内容的には、戦前に書かれたメモ「参謀本部第一部長田中新一中将業務日誌」を読みやすい文体でほぼ正確に踏襲している)
同日(四月二三日)の田中のメモ「日米会談に関する見解」には、
「米が参戦せざれば本会談[日米交渉]は相当期間継続すべき論理的根拠を有す。然れども米の参戦にして[=アメリカの対独参戦の場合]、本会談の趣旨に副わずと認めらるる以上、本会談は一切無効となるべし。即ち日本は参戦し武力南進するの自由を獲得し得べし。」(「参謀本部第一部長田中新一中将日誌」八分冊の三)
として、アメリカが対独参戦すれば、日本も参戦(対米戦)し、軍事力を行使して南方に進出すべきだと主張している。
この田中の主張は、独ソ開戦を前提としても、アメリカが対独参戦した場合には、対米英開戦・武力南進に踏み切るべきとの積極的対米開戦論だった。
独伊枢軸か米英親善か
しかし、一方で田中は、国策の方向性について、別の選択肢も検討している。
それは、独伊枢軸との同盟に代わって、米英との提携の可能性を考慮していたことである。
2025.01.29(水)