『絵本太功記』という大きな世界にみんなで正座して向き合う
――初演は人形浄瑠璃ですからもともとは太夫がすべてを語っていた作品。それが歌舞伎に移入され、俳優さんが発するせりふと相まってまた独自の世界が広がりました。そこに歌舞伎ならではの味わいがあります。他者が自分の思いを語ることで客観的に気づかされることはありそうですね。
休演日に自分の記録映像や先輩の資料映像を拝見していると改めて気づかされることがあります。自分ひとりの思いで埋めよう埋めようとなりがちですが、それは違うな、というのを今まさに感じているところです。ただ舞台にいる間はそうしたことは考えないようにしています。自分の中でしっかりと整理して考えた上で舞台に出たら無になる。
――それにしてもこの作品を第1部、第2部両方で上演すると知った時は驚きました。同時にその決定を下した方々の皆さん方へ託す思いを感じました。
最初にお話を伺った時は自分もびっくりしました。光秀をさせていただけるのはもちろん嬉しいけれど、お客様にとってどうなのだろうと。作品の大きさ、自分たちのスキル、いろいろなことを考えました。でもせっかく僕たちに託してくれたのだとしたら、全身でそれを受け止めてみんなで一個一個真摯に向き合っていかなければ、と思うようになりました。
――ダブルキャスト上演というと演じ手の個性ややり方の違いなどが注目を集めますが、今回はそうしたことを超えた次元にあるように感じています。
確かに。ダブルキャストの経験はこれまでにもありましたけれど、その時は「自分の方がよかったと思われたい」という思いが強かったです。同じ役をやる者同士、お互いにそうでした。言われてみると、そういう感覚が今回はあまりないです。
――また今回は主要キャスト全員が初役で、二役を同時に初役で体験している方も複数いらっしゃる。まずはそれぞれがすべきことを全うするために集中しないことには始まらない。そんな感じでしょうか?
『絵本太功記』という大きな世界に、みんなで正座して向き合っているような、そんな感覚があります。第1部では『仮名手本忠臣蔵』の勘平という、これまた憧れの大きなお役をいただいたということもあり、これまで出演してきた「新春浅草歌舞伎」の中で一番楽しいです。
――素敵な2025年の幕開けになりましたね。最後に新年の抱負をお聞かせください。
来年もまたこの浅草公会堂で「新春浅草歌舞伎」ができるように、一年を過ごしていきたいと思います。20代最後の年でもあるので、30歳になってまたフェーズも変わって来ると思います。今まで通り、一つひとつのことを大切に、謙虚さを忘れずに自分ができることに全力で向き合っていく。その姿勢に変わることはありません。その上でこれまで自分がやって来たことを信じることも必要だと思っています。そういう意味で自信を持つことの勇気を忘れずに取り組んでいきたいと思います。
おふたりのお話を伺い、舞台での様子を思い返してみるとなるほど! と納得です。橋之助さんがおっしゃるように「大きな世界にみんなで正座して向き合う」ような場面を実人生で体験し、その尊さを実感された経験のある方はいらっしゃるのではないでしょうか。作品そのものが放つ感動に加え、人間が生身で演じる演劇だからこそ伝わる何かが、人々を惹きつけているのかもしれません。
今回は主人公である光秀を勤めているおふたりのインタビューでしたが、初役で古典の大役に挑んでいる皆さんそれぞれに深い思いはあるはずです。それをお互いに受け止め照射しあい、影響を受けながら舞台は日々、微妙に変化しています。観た人がそれをどう感じ、受け止めるかは自由です。そしてそこで受けた感動は自分だけの、唯一無二のものです。
お届けした内容に少しでも感じるものがあったとしたら、出かけてみませんか? 浅草へ。
» 前編 「軽い気持ちでは臨めない」市川染五郎が出の前に「憂鬱になる」理由とは?〈浅草で魅了する“ふたりの光秀”〉
新春浅草歌舞伎
2025年1月2日(木)~26日(日)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/915
今こそ、歌舞伎にハマる!
2025.01.18(土)
文=清水まり
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