この記事の連載

細野さんが不機嫌そうな顔をして出てきたんだ

 ということで、「マイアミ」の三叉路から海岸線をさらに南下、横須賀市の秋谷海岸へ。

「実は、秋谷には細野さんの家があったんだ。夏の間だけ借りていた家。学生時代、ぼくは一人でこの辺に遊びに来たことがあって、森戸のほうから、てくてく秋谷まで歩いてきた。そうだ、この辺に細野さんの家があるはずだ。そう思って訪ねてみたんだ。

 すると、細野さんがものすごく不機嫌そうな顔をして出てきたんだ。『なにしに来たんだ!』って。『この辺に来たから寄ってみたんだけど』って言ったら、『帰れよ!』って追い返されちゃった。たぶん、女の子と一緒にいたんだと思う……なんて話をしたら細野さんに怒られるかな。50年以上前の話だからお許し願おう(笑)。

 秋谷海岸もいくつかの歌の元になっていて。吉田拓郎の『サマータイムブルースが聴こえる』(81年)もそうだし、南佳孝の『スタンダード・ナンバー』と薬師丸ひろ子の『メイン・テーマ』(84年)もそう。『スタンダード・ナンバー』と『メイン・テーマ』は、メロディーは同じで、詞がそれぞれ男目線、女目線になっているんだけど、これは、完全に秋谷海岸の駐車場に車を停めて、というイメージ。

 というのも、作詞の仕事がものすごく忙しかったとき、どこにも遊びに行くことができず、唯一の楽しみが夜のドライブで、この辺にフラッとくることが多かったんだ。都内からだと第三京浜と横横線で1時間ちょっとで着く。それで、海岸沿いの駐車場に車を停め、海をボーッと眺めながら、イップク、ということをよくしてたんだ」

時は忍び足で 心を横切るよ
何か話しかけてくれないか
あっけないKISSのあと
ヘッドライトを消して
猫のように眠る月を見た
――「スタンダード・ナンバー」(作曲:南佳孝)

時は忍び足で 心を横切るの
もう話す言葉も浮かばない
あっけないKISSのあと
ヘッドライト点して
蝶のように跳ねる波を見た
――「メイン・テーマ」(作曲:南佳孝)

「松本隆と歩くぼくの風街 #1」を読む
「松本隆と歩くぼくの風街 #2」を読む
「松本隆と歩くぼくの風街 #3」を読む
「松本隆と歩くぼくの風街 #4」を読む
「松本隆と歩くぼくの風街 #5」を読む

松本隆(まつもと・たかし)

1970年にロックバンド「はっぴいえんど」のドラマー兼作詞家としてデビュー。解散後は専業作詞家に。手がけた作品は2,000曲以上にもおよぶ。

← この連載をはじめから読む

2024.11.16(土)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖