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『Tシャツに口紅』舞台の葉山の森戸海岸へ

 「あと、ラッツ&スターの『Tシャツに口紅』(83年)は葉山の森戸海岸。海に向かって防波堤がまっすぐ突き出ているんだけど、それが歌の舞台になっている。ここから近いから、あとでブラッと散策してみようよ」

夜明けだね 青から赤へ
色うつろう空
お前を抱きしめて

別れるの?って 真剣に聞くなよ
でも波の音が
やけに静かすぎるね

色褪せたTシャツに口紅
泣かない君が 泣けない俺を
見つめる 鴎が驚いたように
埠頭から飛び立つ
――「Tシャツに口紅」(作曲:大滝詠一)

 昼食後、森戸海岸へ行くと、季節外れの浜辺は閑散としていた。お目当ての防波堤には、釣り人の姿がちらほら見える。どうやら立ち入り禁止ではなさそうだ。とはいえ、足場は相当悪い。一歩間違えば海に落ちてしまいそう。しかし、怯むわたしを置いて、松本さんはひょいひょいと軽い足取りで進んでいく。

「ど、どうですか? 大丈夫ですか?」。足がすくみ、前進するのをやめたわたしは、少し離れた場所から松本さんに声をかける。松本さんは、「うん。いい眺めだよ」とのんきに答えた。

「昔は砂浜がもっと広かった気がするんだけど。向こうにある一色海岸も歌のイメージになってるんだ。大滝さんが歌った『雨のウェンズデイ』(82年)。次はそっちにも行ってみよう」

 一色海岸は森戸海岸線を少し南下した所にあり、葉山の御用邸につながる海岸だ。この辺のビーチの中ではいちばん海の透明度が高く、「世界ベスト100ビーチ」にも選ばれているという。海岸を一望できる長者ヶ崎から見下ろしてみた。「こっちにもよく遊びに来たんだよね」と松本さんは目を細める。

 ここでわたしはふと気づく。松本さんの歌に登場する湘南は、1980年代の楽曲に集中している。実際に松本さんが居住していた時期よりずっと前に書かれたものだ。ということは。

「そう。ぼくの湘南通いは高校生の頃から始まっている。時代でいえば60年代半ば。クラスメイトが免許を取ったから(注:昔は16歳で軽自動車の運転免許を取得することができる『軽免許制度』があった。68年に廃止)、彼の運転するスバル360にみんなで乗ってよく来てたんだ。そして、昔は砂浜も広かったし軽自動車で走ることもできたんだ。でも、スバルは丸っこいからすぐ転がっちゃうの。ゴロゴロゴロって(笑)」

 そういう話を聞くと、石原裕次郎や加山雄三の映画を思い浮かべてしまう。葉山を舞台にした狂った果実の太陽族とか、砂浜でマドンナに弾き語りを聴かせる若大将とか。

「きみ、それは時代が古いよ(笑)。まあ、二人とも慶應の先輩なんだけどさ」

2024.11.16(土)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖