悪臭地獄に耐えられなかった、マリー=アントワネットの苦悩

 意外なのは中世以降の多くの国で王侯貴族も一様に入浴はせず、時々体を拭くだけだったこと。フランス国王ですら生涯に数回しか風呂に入らなかったとされるが、彼らに自分が不潔だとの自覚はない。

 なぜなら体は洗わないが、常に清潔な肌着を身につけること=清潔であると考えたから、一日何度も肌着は替える。清潔不潔の定義が全く違ったのだ。

 しかも嗅覚とは不思議なもので、悪臭も嗅ぎ続ければ慣れていき、周りも臭けりゃ臭くない。だから日常生活に支障はきたさないのだ。ただそれを地獄と感じたのが、オーストリアから嫁いできたマリー=アントワネット。

 母国では入浴の習慣があり、耐えきれずにベルサイユ宮殿でもひとり薔薇の花びらを浮かべる贅沢入浴を日課にしたと言う。処刑前、幽閉されたタンプル塔にもバスタブを持ち込んだとか。ただ自分だけ清潔でもそれはそれで地獄だと思うが。

 いずれにせよ化粧やカツラ、香水がパリで発展したのも、貴族の汚れた肌や髪を覆い、悪臭を隠すためだったのだ。

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CREA 2024年秋号
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