本で読みたい「毎日が夏休み」

 一度そう思ってしまうと、自然に特定の時期の大島弓子さんの漫画を読み返すだけになっていってしまったのだが、先の打ち上げで話題にあがった大島さんの作品が「毎日が夏休み」だった。山下敦弘監督は「少年漫画しか読んだことなかったんだけど、映画(1994年公開、金子修介監督作品)から入って、初めて読んだ少女漫画がこれだったんだよね。男子がジャンプとか読んでた時に女子はこんなの読んでたの?ってショックだった」と話していたことが印象に残っている。私から「大島弓子さんとか好きです」と言い出したのに、私はその作品を読んだことがなかった。あとで調べてみると、「毎日が夏休み」は1988年に発表された作品だったのだ。しかし私が「1978年ぐらいまで」、と感じてから15年以上経つ。今ならきっと楽しく読める。だから買うなら今しかない。文庫はあまり好きではないけど本で読みたい。でも通販で買いたくない。大きい本屋行く時に買おう。そして、今、ようやく「毎日が夏休み」が収録された文庫版『つるばらつるばら』を購入することができた。

 ブックファーストを出ると、新宿はひどく沈んだ街のように思えた。あの「風太郎不戦日記」の、「ばるぼら」の、「方南町経由新宿駅西口京王百貨店前行」の予感のかけらもない景色。そこから3分歩くと思い出横丁に出る。陽気なひとびとを押しのけながら(本当は隙間を縫いたかった)、私が私になっていくのを感じる。私は今、心に少女の私を抱けているのだろうか。私が「いちご物語」の然子だったらどうやって新宿を歩いただろうか。

 数日間、鞄の中で『つるばらつるばら』を持て余したのだが、雨も風もあまりない台風のある日、リハーサルに向かう電車の中、どういうわけか今しかないような気がしてついに本を開いた。目の前に広がる世界に「15年以上前の私が思ったこともわからないでもない」と素直に思ったけど、同時に、まるで大島弓子さんを熱心に読んでいた学生の頃のように、目まぐるしく状況が変わる慌ただしさの中に身を置いていることにも気がついた。

 長い時間が経って、年齢を重ねて、私はものごとの見え方が変わったんだ、と思えることが時々あって、その度に嬉しくなり、少しだけさびしくなる。あの頃の私だったら「毎日が夏休み」をどう読んだだろうか。

澤部 渡(さわべ・わたる)

2006年にスカート名義での音楽活動を始め、10年に自主制作による1stアルバム『エス・オー・エス』をリリースして活動を本格化。16年にカクバリズムからアルバム『CALL』をリリースし話題に。17年にはメジャー1stアルバム『20/20』をポニーキャニオンから発表した。スカート名義での活動のほか、川本真琴、スピッツ、yes, mama ok?、ムーンライダーズのライブやレコーディングにも参加。また、藤井隆、Kaede(Negicco)、三浦透子、adieu(上白石萌歌)らへの楽曲提供や劇伴制作にも携わっている。2022年アルバム『SONGS』をリリース。最新作は豪華ゲストを迎えたフィーチャリングEP『Extended Vol.1』。2024年11月16日、渋谷WWWにてワンマンライヴ開催予定。
https://skirtskirtskirt.com/

Column

スカート澤部渡のカルチャーエッセイ アンダーカレントを訪ねて

シンガーソングライターであり、数々の楽曲提供やアニメ、映画などの劇伴にも携わっているポップバンド、スカートを主宰している澤部渡さん。ディープな音楽ファンであり、漫画、お笑いなど、さまざまなカルチャーを大きな愛で深掘りしている澤部さんのカルチャーエッセイが今回からスタートします。連載第1回は新譜『SONGS』にまつわる、現在と過去を行き来して「僕のセンチメンタル」を探すお話です。

2024.09.30(月)
文=澤部 渡
イラスト=トマトスープ