しかし、報道されるのは、どうしても導入的なことや表面的なことにとどまってしまう。外来アリの何がすごいのかというと、じつは毒針ではない。アシナガバチやスズメバチの方がもっと強大な毒針を持っているし、より猛毒の危険生物は他にもっといる。しかし、これら危険生物は個体数が少なく、私たちの生活の中で遭遇頻度が比較的低いので、通常はそこまで問題にならない。
外来アリのすごさは、普通のアリにはない社会性を進化させることによって得られた底なしの繁殖力にある。普通のアリは一つひとつの巣が独立したコロニーになっているのだが、外来アリは「スーパーコロニー」という無数の巣が相互に連携しあう巨大なコロニーを作り、超効率的な社会活動を行うのだ。また、外来アリは人工的な環境にもよく適応し、私たちの生活圏内に入り込んでくる。そしてその頂点を極めたといえるのが「アルゼンチンアリ」という種である。
アルゼンチンアリは名前から想像される通り南米原産のアリで、数百、数千キロメートル規模に及ぶ世界最大のスーパーコロニーを作る社会性昆虫として知られる。すでに世界五大陸に侵入しており、世界の侵略的外来種ワースト100に数えられるほどの問題となっている(Lowe et al. 2000)。外来アリの問題は日本ではようやく大きく報道されはじめるようになったところであるが、実はアルゼンチンアリはすでに日本にも侵入しており、2000年頃から一部地域で被害が顕在化して侵入地域の住民や行政機関、専門家を悩ませてきた。本種は毒針こそないものの、異常なまでの増殖力を持ち、帯状の行列で住宅まわりを包囲し、毎日のように屋内に侵入して食品に群がったり、寝ている人の体を這って安眠を妨害したり、電気製品に入り込んで不具合を起こしたりする。それはもう、被害地の住民がノイローゼになるぐらいに。
外来種は侵入後20年ほど経つと指数関数的に分布が拡大していくという報告があるが、今まさにアルゼンチンアリはこの時期を迎え、上記の伊丹空港周辺をはじめ次々と新たな生息地が見つかっている。また、ヒアリが亜熱帯寄りの気候を好むのに対し、アルゼンチンアリは地中海性、温帯性の気候を好むので、日本の多くの地域はアルゼンチンアリのどストライクゾーンなのだ。冷涼な北海道にも侵入事例があり、無関係ではない。そこで本書ではアルゼンチンアリを代表例としながら世界を席せつ捲けんする外来アリの驚異的な生存戦略を解説する。
2024.09.03(火)