筆者は昆虫学者である。2005年に大学の学部4年生として研究室に配属されたとき、アルゼンチンアリを研究対象に選んだ。国内外でスーパーコロニーの研究を行い、詳しくは第3章で述べるが、人間活動によって世界を放浪する運命となりながらも各地に適応して何十世代もかけて巨大な社会を築き上げてきた歴史を知り、悪者外来種というより一つの生命として畏敬の念を覚えた。 

 しかし一方で、山口県岩国市にて防除法の研究も行い、現地の方々から大きなご期待と温かいご支援をいただいた。このことがきっかけで、自分の専門が誰かの役に立つ喜びを知り、2011年に博士号取得後、民間企業に就職して8年間、様々な生活害虫を対象に殺虫剤の研究開発に従事し、外来アリ関係では国のヒアリ対策にも貢献した。この間アルゼンチンアリへの興味は消えず、プライベートで生態調査のかわりに写真撮影を始め、その趣味が高じて大真面目に写真作家としての活動も行い、世界五大陸を旅して撮影したアルゼンチンアリの写真展を企画、開催していただいたりもした。

 2019年からは森林総合研究所という研究機関に転職し、離島の樹上性外来アリ駆除剤を開発。この駆除剤が大変好評で、アルゼンチンアリへの展開のニーズを受けてアルゼンチンアリの学術研究に舞い戻ってきた。と思いきや2023年からは省庁に出向して行政施策の仕組みや社会問題への対応方法を学んでいる。世界を放浪するアルゼンチンアリのごとく転々としているが、アルゼンチンアリは筆者にとって生態、駆除の両面で関心が尽きず、産官学民どのような立場になっても半生をかけて追い続けてきた特別な存在である。

 以上から、本書の構成はこうである。

 まず、第1章ではヒアリ、アルゼンチンアリなど、代表的な外来アリをピックアップしてそれぞれの種の侵入状況や危険性について概要を紹介する。次に第2章では、アリが社会性を進化させて生態系の中で成功者となるに至った軌跡、さらに一部の種がスーパーコロニーやその他生態を進化させ侵略的外来種として世界を席捲するに至った軌跡を解説する。アリの社会性が進化した理由については、教科書に載っていない、近年最も支持されている学説を紹介する。そして第3章ではアルゼンチンアリが大陸を超えた地球規模の超巨大スーパーコロニーを築き上げ、日本に攻め込んできているという驚異の実態をお伝えする。続く第4章は、南米からヨーロッパ、北米、オーストラリアへ、アルゼンチンアリがこの超巨大社会を築くに至った歴史を追いながら、筆者が世界各地を旅して見てきたアルゼンチンアリの記録である。最後に、第5章では外来アリに対抗する方法を取り上げる。特に、最近の革新技術で自治体でも導入が始まった特効薬「ハイドロジェルベイト剤」や、殺虫剤メーカー出身の筆者のおすすめ薬剤といった踏み込んだ内容を盛り込み、難しいと言われる外来アリ防除に対しサステナブルな処方箋を提示している。

《引用文献》
Lowe S,Browne M,Boudjelas S,De Poorter M(2000)100 of the world, s worst invasive alienspecies. Aliens,12:1–12.


「はじめに 変容するアリへの認識」より

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2024.09.03(火)