和製南イタリア料理の老舗へ

 ああ、それにしても俺だってカプリ島あたりに取材に行きたかったよと今さら恨みがましく嘆息し、「カプリカプリカプリカプリ」と念仏のごとく陰気に唱えながら渋谷駅の東口、六本木通りと明治通りの間の界隈をうろついていると、こんな看板が目に飛び込んできた。

 「カプリチョーザ」! 恐らく、70年代半ばぐらいまでに生まれた世代にとっては、イタリア料理との出会いの場となった店かもしれない。

 個人的なメモワールを綴ることをお許しいただければ(ここまで、この記事においては個人的な感想以外の公益性を重んじたテキストはほぼ記されてないのだが)、南東北のとある寒村出身の筆者は、平成もごく曙の頃の上京直後、大学入学に先立つオリエンテーションに出席し、その流れで第二外国語のクラスの先輩らに連れられ、下北沢にあったカプリチョーザのテーブルについた。

 忘れもしない、あの時に初めて食した大皿のカルボナーラぐらい、それまでの自分の価値観をまるごと引っくり返すような美味には、その後あまりお目にかかっていない。何しろ、カルボナーラというパスタの名前すら、その時初めて知ったのだから。

 俺の故郷がずいぶんな田舎だったという理由もあるかもしれないが、当時、自分が知っていたパスタのメニューといえば、ナポリタンとミートソースぐらいだったと記憶している。だいたい、パスタなんて言葉は知らず、スパゲッティとだけ呼んでいた。恐らくその状況は、都会で生まれ育った同年配の人間であったとしても、さして変わらないのではないか。

 こないだ、東横線に乗っていたら、3歳ぐらいの子どもが「リングイニ!」と叫んでいるところに出くわし、この幼さでそんなパスタの名前まで知っているなんてさすがに東京の子どもは違うなあと感心したのだが、続いて「レミー!」とも言っていたから、どうやら、アニメ映画『レミーのおいしいレストラン』を観たばかりで、登場人物の役名を口に出しているだけのようだった。

 なお、筆者の長男も、4歳の頃に「お父さん、ミケランジェロとラファエロが……」とか言い出して知人を驚かせたことがあるが、別に美術に関する情操教育を施していたわけではなく、その前日に『ミュータント・ニンジャ・タートルズ』のDVDを観て、その亀のキャラクターの名前を挙げただけであった。

 それはいいとして、本題はカプリチョーザである。看板に誘われ、カプリチョーザ渋谷本店のエントランスにたどり着いたら驚いた!

 ……「華婦里蝶座」という朴訥な文字が彫られた巨大な看板が、俺を待ち受けていた。

 カプリチョーザに漢字表記があったとは知らなかった。スマホでこのチェーンの公式ウェブサイトを調べてみたら、確かに、「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」と記されている。これが、法人としての正式名称らしい。

 企業情報を見たら、事務所所在地はこの本店から近い。行ってみるか。

 確かに、ビル入り口のテナント表示には「株式会社 伊太利亜飯店 華婦里蝶座」とある。しかし、振り仮名は「カプリチョーザ」じゃなくって「カプリチョウザ」なのね。編集者なので、こういうところが気になる。

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ヤング(やんぐ)

元CREA WEB編集長、現CREA Travellerスーパーバイザー。特技は要潤の物真似。

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2024.08.12(月)
文・撮影=ヤング