現代美術と古美術、リアルとフィクションが拮抗するユニークな空間
また野口は立体だけでなく、平面作品も手がけ、具足の詳細を解説した図像、武人の寿像(生前描かれた肖像画)、古書から切り取られた一葉など、紙本から絹本、板絵までさまざまな支持体と顔料を模し、表具し、本紙の傷みや剥落まで捏造(?)して、彼の「サムライ・フィクション」な世界観を表現しているのだ。
古色を帯びた甲冑は「秘伝のタレに漬け込んだ」樹脂と化学繊維、絵画は紙にアクリル絵の具による彩色と、素材はまったく現代的だというのに、蒼然とした時の堆積を感じさせる技術は、幼少時から夢中だった模型趣味や、見てきたような虚構を作り上げるSF映画への傾倒によるものなのだろうか。
奔放な想像力でゼロから創造された異世界もいいが、現実を下敷きに、微妙な改変を加えた平行世界に接した時に感じる眩暈のような感覚は、曰く言い難い吸引力に満ちている。そして「現実」部分の説得力が強固であるほど、改変による異化効果によって脳内で起こる眩暈の半径は大きくなるのだ。
野口が後者の代表であることは、展覧会図録を兼ねた作品集に、合戦史研究の第一人者である藤本正行氏が寄せたテキストからもわかる。藤本氏は、ある野口作品が、甲冑研究に大きな影響を与えた昭和3年(1928)の大著、『日本甲冑の新研究』を踏まえていることに気づき、「信じがたいほどの手間をかけて作られたこの作品解説(それ自体が作品である)を、『日本甲冑の新研究』のパロディ(独特のレイアウトまで真似ているのだ)と気付き興奮する人間は、まずいないだろう。パロディの典拠が理解されなければ徒労に終わるはずのこの制作に全力を傾けた情熱に感動するとともに、作者に是非会いたいと思った」と記している。
研究者や甲冑マニアだけにわかる符丁がちりばめられている、という話ではない。一般の現代美術ファンが作品を見たとき、詳細な知識がなくても感じる不可視の説得力や魅力は、何よりその地道で分厚い知識や手間に負っている、ということだ。
しかも練馬区立美術館での展示は、野口作品だけではなく、ホンモノの古美術が合間合間に見事にはめ込まれている。これは野口に惚れ込んだ同館の学芸員、加藤陽介の「腕力」の賜物だが、「それらしい」だけの現代作品でやると、メッキが剥がれて痛々しいことになる。そうはならず、リアルとフィクションが拮抗しながら作り上げているユニークな空間を、現代美術と古美術、どちらのファンにも、ぜひ体験してほしい。
野口哲哉展―野口哲哉の武者分類図鑑―
URL http://www.city.nerima.tokyo.jp/manabu/bunka/museum/tenrankai/noguchi14.html
会場 練馬区立美術館
会期 2014年2月18日(火)~4月6日(日)
休館日 月曜日
入場料 一般500円 ほか
問い合わせ先 03-3577-1821(代表)
【巡回会場/会期】
アサヒビール大山崎山荘美術館(京都)
2014年4月19日(土)~7月27日(日)
Column
橋本麻里の「この美術展を見逃すな!」
古今東西の仏像、茶道具から、油絵、写真、マンガまで。ライターの橋本麻里さんが女子的目線で選んだ必見の美術展を愛情いっぱいで紹介します。 「なるほど、そういうことだったのか!」「面白い!」と行きたくなること請け合いです。
2014.03.29(土)
文・撮影(会場風景)=橋本麻里