日本文化の中心に坐する「禅」を、美術から知る
坐禅を組んで、つい眠気に襲われコクリとしてしまい、僧から「喝っ!」をいただく。あれが禅の修養の一形態。
または、公案と呼ばれる難問を突きつけられ、何とか答えようともがき続ける。それ自体を修行とみなすのが、禅の考え方。夏目漱石『門』でも、主人公が僧から「父母未生以前の面目如何」(自身の父母が生まれる前の自分とはいったいどんな状態か)と問われ、安易な答えを持っていって一喝される場面がある。
よけいなことを考えずに、ひたすら何らかの実践に集中する。ときには答えのない問題に挑み続ける。そうしたやり方は、我が身を磨き高める理想形として私たちの共通認識にある。禅とは中国から伝わった仏教の一形態なのだけど、日本の文化や精神性に与えた影響は多大だ。
特定の教義を持たない禅の教えは、師から弟子へと直接、体験を通して伝えられてきた。禅の言葉に、言葉や文字では真意は伝えられず表せない意の「不立文字」があるほど、実践主義は徹底している。
何か形にして残す必要がある際はどうするか。言葉に頼れないのだからモノに託すしかない。ここに美術の出番がある。禅にまつわる美術は古来、多数存在してきた。日本の美術史を画する重要作品もたくさんある。それらを一堂に集めて公開しようという展覧会が、「禅─心をかたちに─」展。
禅宗美術を集中的に扱ったものとしては、過去最大規模の展覧会となる。京都国立博物館での京都展はすでに閉会し、この秋は東京国立博物館での東京展が幕を開ける。
右:国宝 慧可断臂図 雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496) 愛知・齊年寺蔵 ※2016年11月8日(火)~27日(日)展示
展示は「禅宗の成立」から「禅文化の広がり」まで、日本での禅の展開を5つの章に分け紹介している。時代やジャンルを問わず名作が揃っていて圧倒されてしまうので、展示構成はオーソドックスなくらいでちょうどいい。
雪舟等楊国宝《慧可断臂図》は室町時代の作。坐禅する高僧の達磨に向かって、弟子になりたい一心の僧が左腕を切り落として覚悟を示す場面を描く。なんて過激な話かと思うが、内容よりも洞窟のゴツゴツした描写と、達磨の身体のたおやかな線の対比にこそ目を奪われる。
大巧如拙の筆になる国宝《瓢鮎図》も、とにかく気になる絵柄。上段には、31人もの僧が書き込んだ「賛」(詩)が並び、下段にナマズを瓢箪でつかまえようとする男性が1人。公案に題材をとっているが、不思議な雰囲気に思わず笑みがこぼれてしまう。ビジュアルインパクト抜群の作品がずらり。禅の教えに従って、ぜひ我が身で体験すべし。
特別展『禅─心をかたちに─』
会場 東京国立博物館 平成館(東京・上野)
会期 前期展示 2016年10月18日(火)~11月6日(日)、後期展示 2016年11月8日(火)~27日(日) ※作品の展示替あり
料金 一般1,600円(税込)ほか
電話番号 03-5777-8600(ハローダイヤル)
http://zen.exhn.jp/
2016.10.16(日)
文=山内宏泰