志乃が声をかけた浪人の前に、父を殺されたという旅の武士が現れ仇討になるエピソードも、浪人が刀を置いて立ち合いの場へ向かい、旅の武士が背後から浪人を斬ったなどの不可解な状況から、半平が仇討の裏側を見抜くどんでん返しが用意されており、あまりの大仕掛けに読者は衝撃を受けるだろう。

 飛ぶ鳥を落とす勢いの豪商・島屋五兵衛とその女房らの一行が、豪華な駕籠で茶屋に来た。一行の中に夜狐の一味の女ゆりを見つけたと半平に聞いた志乃は、夜狐が財産を狙って五兵衛の毒殺を目論んでいると察知するが、その三日後、五兵衛が岡野城下の旅籠で刺殺された事件も意外な真相が待ち受けている。急な出府の途中で病に臥せった榊藩の若君の世話をすることになった志乃が、後継者をめぐって争う榊藩の事情から若君が病になった原因、お付きの老女の正体を見抜く展開も、本作が「小説推理」に連載されたためかミステリとしてクオリティが高かった。

 雖井蛙流平法の達人である半平は、岡野藩町奉行所の永尾甚十郎に、奉納試合に出る息子の敬之進に稽古をつけて欲しいと頼まれる。天道流の道場に通う敬之進の腕はたいしたことはなく、相手は同門で道場一とされる鹿野永助で二刀を使うという。鹿野にいじめられていた敬之進が、半平に雖井蛙流の秘義〈二刀くだき〉を教わることで成長し、剣の修行には勝ち負け以上に大切な要素があると学ぶところは秀逸な青春小説になっているが、鹿野に〈二刀くだき〉を使うと知られ対策もあると嘯かれた敬之進が、どのような方法で反撃するかは、ハウダニットを題材にしたミステリとしても楽しめる。

 貧しい人、弱い人に寄り添う半平と志乃が難事件を解決していくにつれ、故郷を捨てざるを得なくなった二人が、苦しい旅を続けた果てに弁天峠で茶屋を開いていた老夫婦に救われ後継者になった過去が浮かび上がってくる。志乃は娘を故郷に残して出奔したが、年回りや雖井蛙流を使うことから夜狐のゆりが志乃の娘の可能性が出てくるなど、次第に明らかになる二人の過去には、暗躍する夜狐、政争に勝利して筆頭家老にまで昇り詰めた天野宮内の権勢が翳り、石見辰右衛門、佐川大蔵に閉門蟄居に追い込まれるといった結城藩で進行中の政争もからみ、先が読めないスリリングな展開が続く。

2024.07.18(木)
文=末國 善己(文芸評論家)