この記事の連載

60~80秒の長いワンカットにロトスコープの魅力が凝縮

──実際に制作するにあたり、大変だったのはどんなところでしたか?

 実写とアニメーションのワンカットの長さの違いです。

 普通の商業アニメだと、ワンカットは長くても6〜7秒くらいで、短いと1秒未満というものもザラです。でも山下監督はワンカットが12秒くらいが普通で、長いと30〜60秒くらいのもあったりしたので、戸惑いました。 

 アニメーションは一般的に1カットの中で意図しない、矛盾がないように美しく描く技術が求められます。なのでワンカットの尺が長くなればなるほど、アニメーターさんの負担が増えるのですが、『化け猫あんずちゃん』では最長で80秒のワンカットがありました。

 かりんちゃんの複雑な感情が描かれているカットがあるのですが、ワンカットのなかでかりんちゃんの揺れ動く感情の高まりが長尺でていねいに描かれていて、これまでにない挑戦的なカットだと感じました。

──ワンカットの尺が長いというのは、実写の撮り方なんですか?

 これは実写がというより、山下監督の味だと思います。山下監督はお芝居を大事にされている方なので、お芝居を見せるためにカットを割らない、という選択をされることが多々あります。

 あまり長いと、途中でカット割りしようかという話も出るんですが、ワンカットで見せたほうが芝居が伝わると判断したときには長くなります。アニメとしては、尺がのびるほど作業が大変になるのはわかっていても、一緒に編集をして間近で山下監督が演出したカットを見ると、「ここは割らないほうがいいよね」と思えてしまう場面も多くありました。そんなふうに、お芝居の良さを勉強できたことも、今回の貴重な体験でした。

──人間が人間を演じるのではなく、人間が化け猫を演じる、というのは実写だとハードルが高いように感じます。

 そうですね。そこは、あんずちゃんを演じてくださった森山(未來)さんの存在が大きいと思います。

 山下さんは監督を務めた『苦役列車』で森山さんとご一緒されたときから、その身体能力の高さに注目されていたそうです。あんずちゃんをロトスコープで、という企画がもちあがったときから、あんずちゃんを演じてもらうなら森山さんがいいと思っていたとお聞きしました。

 あんずちゃんは猫でありながら、冴えない37歳のおじさんでもあり、その両方のバランスを森山さんはすごくいいあんばいで出してくださったなと思いました。

森山未來さんは動きに“ノイズ”がないとアニメーターの間で話題に

──実写からアニメ化する際に、猫であるあんずちゃんと、人間であるかりんちゃんではやり方が異なるのですか?

 やり方は同じですが、デザイン的に変えざるを得ないところはあります。たとえば森山さんは細身なので、あんずちゃんにするには等身も形状もかなり変えていますが、かりんちゃんにかんしては、五藤(希愛)さんの体型や髪型をほぼそのまま活かしてアニメ化しています。

 ただ、森山さんはダンサーだからなのか、お芝居に余計な動きがまったくありませんでした。作画をする上でノイズのない動きをされているので、すごく絵を起こしやすかった。これはほかのアニメーターさんたちもみな絶賛していました。

 五藤さんは、あの年齢じゃないとできない表情や動きをしてくれたので、それをいい形で絵でも表現できたと思っています。

──かりんちゃんは原作にはないキャラクターです。映画オリジナルのキャラクターをつくった経緯とこだわりを教えてください。

 あんずちゃんはインパクトのあるキャラクターではありますが、どっしりとしていて物語を動かすキーパーソンにはなりません。長編映画としてみせる場合には、もうひとり引っかき回す強いキャラクターが必要だという話は最初から出ていました。

 そのなかで、山下さんと「ちょっと不機嫌な女の子っていいよね」という意見が出て、親子げんかの末にお寺に置いていかれる11歳の女の子・かりんというキャラクターが生まれました。

 あと、原作にも登場するキャラクターですが、ロトスコープによってオリジナルキャラのような新鮮味が出せたのは、池照町(いけてるちょう)の地元の男の子2人組です。子役の役者さんたちが演じたのですが、昭和の子どもと違って手足が長いうえ、「ヤンキー座り」に慣れていないので、アンバランスなぎこちない動きが逆に独特の味を出していて。それが絵としても表現できたので、非常に面白いニュアンスが出せたなと思っています。

2024.07.19(金)
取材・文=相澤洋美
写真=平松市聖