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かりんちゃんのお母さんはなぜ地獄にいたのか?

──5月に行われた第77回カンヌ国際映画祭の「監督週間」では、初の試みとしてカンヌの地元の小学生をご招待し、上映を行いました。反響はいかがでしたか?

 まず、小学生を呼んでくださるという地元の計らいがすごくありがたかったです。私たちもお客さんと一緒に観ること自体が初めてだったので、映画も初めて観るもののようでドキドキしたのですが、本当にみんな楽しんでくれて。もっとざわざわしたり、途中で飽きちゃったりするのかなと思っていたのですが、最後まで熱心に観てもらえて、嬉しかったです。

 監督週間のほかの作品は、結構尖った作品が多かったので、そのなかで『化け猫あんずちゃん』は「癒やし担当」みたいなイメージでしたね。あんずちゃんのぬいぐるみを持って行ったのですが、それも大人気で。「私たちのチームだけ、浅草の演芸場みたいだね」と、山下監督とは話していました(笑)。

──フランスでは地獄の描写など、日本的な描写に対しても反響が大きかったのでは。

 そうですね。日本的な文化のところは面白がってもらえたと思います。妖怪と地獄のモチーフの部分は、大人にもすごく興味を持たれた部分でした。

 とくに、「なぜ、かりんちゃんのお母さんが地獄にいるのか」というところはよく聞かれました。

 かりんのお母さんが地獄にいるという設定は、日本の仏教の考え方からするとそこまで不思議では無いんです。仏教では、出産や月経が「血の穢れ」とされ、血で池を汚したという「罪」で女性は地獄に行くもの、とされていたといいます。

 ただ、私としてはその宗教観を強調したかったわけではなく、どちらかというと、「娘にとっては完璧なお母さんでも、娘目線以外の部分ではいろんな側面をもっているのが人間だ」ということを感じさせたかった。そういう幅、余白をもっているという意味でも、地獄にいるほうがより人間らしいというか、「お母さん」ではない部分があることを伝えられたらいいなと思って、「地獄にいるお母さん」像を固めていきました。

 宗教観の違うフランスでは、「血の穢れ」の思想に関しては理解が得られない部分もありましたが、私が伝えたかった思いについては説明すると納得してもらえました。

インタビュー後篇に続く

久野遥子(くの・ようこ)

1990年、茨城県つくば市生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業。2015年、岩井俊二監督による『花とアリス殺人事件』のロトスコープアニメーションディレクターに抜擢され、以降『宝石の国』の演出・原画や、『ペンギン・ハイウェイ』のコンセプトデザイン、映画『クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』のキャラクターデザイン・コンテ・演出・原画等で活躍している。

映画『化け猫あんずちゃん』

2024年7月19日(金)全国ロードショー

雷の鳴る豪雨の中。お寺のおしょーさんは段ボールの中で鳴いている子猫をみつける。その子猫は「あんず」と名付けられ、それは大切に育てられた。時は流れ、おかしなことにあんずちゃんはいつしか人間の言葉を話し、人間のように暮らす「化け猫」になっていた。移動手段は原付。お仕事は按摩のアルバイト。現在 37 歳。そんなあんずちゃんの元へ、親子ゲンカの末ずっと行方知れずだったおしょーさんの息子・哲也が 11 歳の娘「かりん」を連れて帰ってくる。しかしまたおしょーさんとケンカし、彼女を置いて去ってしまう。大人の前ではいつもとっても“いい子”のかりんだが、お世話を頼まれたあんずちゃんは、猫かぶりだと知り、次第に面倒くさくなっていく。かりんは哲也が別れ際に言った「母さんの命日に戻ってくるから」という言葉を信じて待ち続けるも、一向に帰ってこない。母親のお墓に手を合わせたいというささやかな望みさえ叶わないかりんは、あんずにお願いをする。「母さんに会わせて」――。たった一つの願いから、地獄をも巻き込んだ土俵際の逃走劇が始まるんだニャ。

■監督:久野遥子・山下敦弘
■原作:いましろたかし『化け猫あんずちゃん』(講談社 KC デラックス 刊)
■キャスト(声・動き):森山未來 五藤希愛
⻘木崇高 市川実和子 鈴木慶一 水澤紳吾 吉岡睦雄 澤部 渡 宇野祥平
■制作プロダクション:シンエイ動画×Miyu Productions
■脚本:いまおかしんじ
https://ghostcat-anzu.jp/

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2024.07.19(金)
取材・文=相澤洋美
写真=平松市聖