石田衣良が選評冒頭で述べたように、出版界も、文学賞も、小説も変わらなければならないと多くの人が思っている中で、阿部智里という若い作家があらわれたことは僥倖であったのではないだろうか。

 受賞直後のエッセイで、阿部はこう書いている。4歳かそこらの時、虹を食べたと母に語り、突然降りだした雨に困って、大きなキノコに雨宿りしたそうだ。妖精をあっちこっちに見つけ、風の神さまを木の上に見つけたそうだ。そんな物語を母親は書き留めていたらしい。嘘つきとなじるか、想像力が豊かだと将来を楽しみにするか、親の資質が問われるところだが、さすが阿部智里を生んだご両親は天晴れである。

 この二人の元で、彼女は十数年前から作家を目指していたと授賞式で高らかに宣言した。大言壮語といわば言え、私はその心意気にいたく感動したのだ。もちろん、作品を読んだうえでのことである。

 新人を判断するうえで難しいのは、受賞作だけしかない場合だ。いかにその作品が優れていようと、世の中には〝まぐれ〟が厳然と存在している。年間200人とも言われる新人賞受賞作家で5年後に生き残っている率は、大沢在昌『小説講座 売れる作家の全技術~デビューだけで満足してはいけない』(角川書店)によるとひとりかふたり。多くが受賞作だけで消えていく。「この作品しか書けないのではないか」阿部智里への心配はその一点であった。

 その心配は一年後に払拭された。それも私の期待を大きく上回る形で。八咫烏のこの世界をさらに大きく広げた『烏は主を選ばない』を上梓したのである。

 ここで多くを語ることはできないが、時間軸は『烏に単は似合わない』とまったく同じである。なかなか桜花宮に姿を現さない若宮は、果たして何をやっていたのか。東西南北、四家それぞれが企んでいたこととは何だったのかを描き出している。

 若宮のお付のものの失敗が、すでにデビュー作にも取り入れられており、大きな物語として、すでに構想の中に練り込まれていたのには驚かされた。桜花宮の物語が上級の本格ミステリーなら、2作目は固い筆致で進められた、さながらハードボイルド小説のようである。

 この夏には3作目がすでに用意されていると聞く。この2年の間に醸された八咫烏世界の群像劇は、果たしてどんな姿に変貌しているのだろう。若き才能がひゅんひゅんと若竹のように伸びていく様子を、みんなで暖かく見守っていこうではないか。

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※こちらは2014年に刊行された『烏に単は似合わない』(文春文庫)の解説の転載です。2024年5月現在、「八咫烏シリーズ」は12巻(うち2巻は外伝)まで発売中。

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2024.06.07(金)
文=東 えりか