だが阿部智里はなんと20歳でこの大きな賞を射止めた。勝因は彼女の持つスケール感の大きさであったと私は確信している。

華やかな「后選び」のはずが、物語の中盤で一転する

 舞台は八咫烏(やたがらす)が支配する世界。金烏(きんう)と呼ばれる宗家の長が支配している。宗家の下には宮烏で構成されている東西南北の四つの家があり、それぞれの役割が分担されている。人々は普段は人の姿をしているが、一朝、事が起こり何か飛び立つ必要性がある時は烏に姿を変えることができる。しかし貴族階級である宮烏では、鳥形(ちょうけい)となることははしたない事とされている。

 宮烏以外は山烏と称され、家来や下男、最下級になると鳥形のままで〝馬〟と呼ばれる荷役などを担う。

 

 八咫烏と言っても普通の人にはイメージも湧かないだろう。山本殖生『熊野八咫烏』(原書房)という世界各国の八咫烏に相当する架空の生き物を研究した本によると、古代の中国から瑞鳥とされた三本足の大烏のことを指す。太陽の中にあり、天界思想や人類創生にもかかわり、その霊性は宇宙の秩序付けや神仙思想にもつながる深遠な存在だそうだ。日本では神武天皇東征の折、熊野の険しい山の中、先導したのが八咫烏であったと日本書紀に記されているという。そのことから熊野の神使は八咫烏になったそうだ。

 身近なものでは日本サッカー協会のマークが八咫烏をデザインしたものだ。神武天皇の故事にならい、ここから光が輝いて四方八方を照らし、ボールを押えている姿は、サッカーを統制・指導し、ただしく発達させ、栄光を世界に輝かせることを意味している。

 閑話休題。

 この物語の発端は、宗家の若宮の后選びが本決まりになったことだった。有力貴族である東家、西家、南家、北家から姫が一人ずつ選出され宮廷の桜花宮へ登殿の運びとなった。后に選ばれ、次の若宮を産めばお家は安泰、姫自身も赤烏と呼ばれる皇后となってこの国に君臨することができる。そのため、各家では幼いころからお妃教育を施した選りすぐりの姫を立て、優れた女房を付けて桜花宮へ送り込むのだ。

2024.06.07(金)
文=東 えりか