「上野動物園ではスマトラトラの繁殖に力を入れていこう」

 同園では以前インドライオンも飼育していましたが、2019年11月26日、オスのモハンの死亡に伴い展示を終了しました。

「昔はいろんな種を飼育していましたが、現在は動物にとって暮らしやすい環境を維持するためにさまざまな取り組みをすることが動物園のスタンダードとなっています。また、インドライオンが展示された経緯は、同じく都内にある多摩動物公園との役割分担でした。

 役割分担というのは、例えば上野ではゴリラを、多摩ではチンパンジーをというように、都内ではライオンは多摩動物園のみで飼育していたのですが、近くでライオンを見たいというお客さまが多くいらっしゃったため、上野動物園でも(多摩で飼育されているアフリカライオンと種の違う)インドライオンを導入したんです。

 ただ、インドライオンは国内の個体数自体がそもそも多くないですし、当園としてはスマトラトラの繁殖に力を入れていこうという思いもあったので、スマトラトラを優先して飼育することにしたんです」

 WWFの公式サイトによると、国際自然保護連合が作成しているレッドリストでは野生で生息するネコ科39種のうち18種が絶滅危惧種。スマトラトラ、マヌルネコ、そしてインドライオンも当てはまります。

「先ほどお話しした役割分担は東京都の計画によるものですが、日本の動物園として将来的に種を維持するため、いろいろとやりくりしながらさまざまな動物を管理しています。

 動物園の役割としては命を繋いでいく、これに尽きるのですが、皆さんが動物園で見ている動物たちの中には絶滅危惧種もいるということを知っていただいて、少しでも環境保全への取り組みを意識していただけるとありがたいですね」

 上野動物園では、野生の状況を伝えるためのパネル展示や講演会開催などの取り組みも。スマトラトラの展示場に掲げられているパネルでは、化粧品や洗剤、加工食品などに使われているパーム油の原料であるアブラヤシを育てるために、スマトラトラの棲む森が破壊されていることなどを知ることができます。

「野生動物が暮らせない世界って、我々人間も暮らせない世界だと思うんですよね。昨年の夏、異常に暑くて、なんだかおかしいなと皆さん思われたはずです。地球温暖化も問題とされていますが、そういうところから、私たちが生活している場所からは遠く離れているところに棲んでいる野生動物たちについても少しでも考えていただければ。

 野生動物を守るというより、野生動物が棲めるような地球環境を守るという意識を持つことが、我々人間にとっての快適な生活にもつながると思うんです。

 動物たちが今置かれている状況を少しでも知ってもらえれば。そして、動物たちのためにも、環境にやさしい商品は今たくさんありますから、フェアトレードの商品や認証マークのついたパーム油を使用した商品を選んだりするのもいいでしょうし、お金に余裕があるのであれば野生動物を保護している団体に寄付するのもいいでしょうね。

 一人ひとりが少しでもそういったことを意識すると、野生動物たちが置かれている環境も維持できたり、改善できたりするのではないでしょうか」

 スマトラトラの赤ちゃん3頭は現在、バックヤードで母・ミンピとともに生活。展示場へ出る練習も行っているそうなので、見られる日も近いかもしれません。

「現在、展示しているアサは1頭ですが、ミンピとともに3頭が展示されるようになれば、子ども同士でじゃれ合う姿を見ていただけると思います。トラは単独行動する動物なので、母と暮らすのも子ども同士で遊ぶのも小さい頃だけ。貴重な時間を楽しんでください。また、アサに関しても、子どもならではの活発な動きを楽しんでもらえると思いますよ」

 最後に、動物園で動物を見る際の注意点を伺いました。大橋さんは「動物との接し方も、人間の場合と変わらないのではないでしょうか」と話します。近くで大きな声を出したり、フラッシュを焚いて撮影したり、ガラスをドンと叩いて気を引こうとしたり……。確かに我々人間がされても、気持ちのいいものではありませんね。

 一定のマナーと配慮を持って美しいネコ科動物たちを観察しつつ、彼らが今後も人間と共存しながら快適に暮らせるような取り組みを考えてみてはいかがでしょうか。

●お話を伺ったのは……

公益財団法人 東京動物園協会 恩賜上野動物園 教育普及課長
大橋直哉さん

2024.03.17(日)
文=高本亜紀
写真=松本輝一