引退後の37歳の時、上井草駅前にあった行きつけの総菜屋の店主が引退するのをきっかけにその場所を引き継いで「いきや」という居酒屋を始めた。そして2023年12月12日、そのとなりに「とらや」をオープンした。開店時には交友のある内藤大助さん、竹原慎二さん、畑山隆則さんなどからも花束が届いて大賑わいだったそうだ。

「ガキの時に食べていたあの味を」

 後日取材すると大嶋オーナーは「街の若い連中を元気にしたい。西武新宿線に立ち食いそば屋がないので、自分がガキの時食べていた小山駅のきそばを思い出し、自分なりに作って提供しよう」と考えたという。そばは栃木県の中沢製麺の麺を仕入れている。小山駅のきそばを経営していた製麺所だ。具材やつゆの味はすべて大嶋オーナーが考えたそうだ。

 

 待つこと1分。「肉とらそば」に「ほうれん草」のトッピングが登場した。大きめの陶器のどんぶりにたっぷり煮込んだ豚肉、ほうれん草がのっている。まずつゆをひとくち。おっ、これは普通のつゆじゃない。魚の旨味が前面に出た強い味だ。立木店長にきくと、配合は秘密だが煮干し、鰹節、鯖節をふんだんに使っているそうで、濃口醤油を使った返しがビシッと決まっている。煮干しというところが斬新である。そして、煮込まれた豚肉を食べてみる。生姜の香りが強く、つゆにその味が広がり、そしてにんにくの味も伝わってくる。

 そばは平打ち麺である。中沢製麺のあのうまいゆで麺である。コシが強くしっかりした麺だ。量も多い。ほうれん草はたっぷりと食べ応えがある。具材・つゆ・そばの全てがしっかりした味でバランスよく調和している。久しぶりに漢の立ち食いそばを食べた気分だ。

きれいな春菊天も秀逸

 そして、春菊天ファンの身として、どうしても情報を収集しておきたい。「春菊天そば」を追加注文した。こちらも注文1分ほどで到着した。手のひら型に揚げられた春菊天の美しいこと。程よいコロモと春菊の揚がり具合がちょうどよい。食べるとほろ苦い味が口内に広がる。強めのそばつゆとのバランスがなかなかよい。

2024.02.16(金)
文=坂崎仁紀