この記事の連載
- 新潟・小千谷の闘牛場(前篇)
- 新潟・小千谷の闘牛場(後篇)
ぼーっとする若ウシたち
話を聞きつつ、屋台で買った蕎麦をずるずるとすすっていると、いよいよ最初の取組が始まった。闘牛は3歳になるとデビューできるのだが、どうやら今回は新人ならぬ新牛が8頭いるらしい。
先に牛持ちに引かれて入場したのは、赤い毛色の若牛、朝日地区出身の「久蔵(きゅうぞう)」。一方、対戦牛は荷頃地区から参加した黒い「桜河(おうが)」。どちらも観客の拍手と大勢の勢子(せこ)に囲まれて、ノソノソ、ソワソワと落ち着かない様子だ。
「人間でいうと15歳くらい、まだまだ遊びたい盛りの若牛です。本来は勢子が鼻につけた綱をはずして闘うのですが、まだ若いので闘い方が分からない。ですから『つなっこ』といって、人間が鼻綱(はなぎ)を持ったまま『こうやって闘うんだよ』と教えてやります」と場内アナウンス。
勢子とは、「はい、ヨシター!」と牛に声をかけながら両手を広げて牛をはやしたり、闘いを止めたりする人々のこと。ちなみに「ヨシタ」とは、この地方では「よくやった!」「がんばれ!」という意味だそう。
両牛、勢子にうながされ組み合ってぐるぐるとまわり始めた。しかし、一度体が離れるとどうしていいのか分からず、ぼ~っと「ねえ、次、どうするの?」と勢子の顔を無邪気に見ている。かわいいなあ。うちのチワワをドッグランデビューさせた時のことを思い出す。
すると会場から「がんばれ、桜河!」「久蔵、負けるな!」と“推し”たちへの声援が。久蔵が桜河を角でグイッと押したところで「はい、今、勢子長から引き分けの合図……手が上がりました!」。
勝負より「怪我をする前に引き分け」なので、対決としてはやや物足りないけど、確かに「ほのぼの」は嘘じゃない。デビューを無事終えた愛牛の背中を、勢子や牛持ちたちが愛おしそうになでてねぎらっている。
期待の新牛同士の勝負は?
新牛同士の取組は4番続いたが、なかでも目を引いたのは、3番目の「天竜(てんりゅう)」と「バッファ郎(ばっふぁろう)」だ。
「先代の天竜も大きな牛でございましたが、この名前を受け継いだ新・天竜がデビュー」とアナウンスされるや、若牛の天竜が目をギョロギョロとさせながら入場。まだ幼さが残る声ながらも「早く闘わせろ!」と言わんばかりにムモ~! と猛烈に鳴き始めた。
対して焼肉店「肉処バッファロー」のオーナーに引かれて、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら軽快に入場してきたのは「バッファ郎」。
さあ、取組が始まった。頭を低くして先に突進するバッファ郎に対し、天竜も体をねじって仕掛け返す。おお、最初の取組よりも試合っぽくなっているぞ。期待の新人……いや新牛同士の闘いに会場がどっと沸く。「ありゃ、未来の横綱だな!」と隣のおじさんがつぶやいた。
2023.10.28(土)
文・撮影=白石あづさ