音と音の隙間から、アルバムを聴いた人が何かを感じてほしい
──ドキュメンタリー映画『くるりのえいが』のテーマ曲にもなっている「In Your Life」の歌詞は、海がキーワードになっていて。海の近くにある伊豆スタジオでのレコーディングの日々や、くるりのこれまでが詰まっているのかなと感じました。
岸田 歌詞を書くときに「こうあってほしい」みたいなことや、自分の意図を入れる曲と、そうじゃなくて、自動書記的ににパパーっと書いていく曲があるとしたら、「In Your Life」は後者で。自発的に書いた歌詞かというと、そうでもないんですね。
伊豆でレコーディングしてましたから、みんなで海に散歩に行きましたし、日常の近くに海がある状況で。海はいろんなもののメタファーになるし、なんか実体がデカすぎて掴めないものでもあると思うんですよね。その、実体がデカくて掴めないものに引き寄せられて、登場人物が集まって、もう一回海に行こう、みたいなストーリーを作ったら、なんとなく映画の簡単な説明書のようなものにもなるかなって。そういうのは、多少は意識したかもしれないです。
──サビの「あの場所に向かえば」という歌詞が、アルバムタイトルの『感覚は道標』につながっているような気もして。いろいろと深読みしながら楽曲を聴かせていただきました。
岸田 この3人でやる時は、ロックバンドスタイルの演奏なんですよね。レコーディングではギターをダブルで録ることもありますけど、リードギターがいないんで、普段やってる演奏よりもちょっとスカスカというか、隙間が多いんです。音に隙間があるものは、文でいうと行間が生まれるみたいなことだと思うので、勝手に聞き手が意味を考えやすい。
でも、ここ10年、15年ぐらいの間でJ-POPや欧米のポップマーケットで流行ってる音楽って、空気の音が混じってないというか、情報が詰まってて、音が近いものが多いと思うんですね。それはそれですごくかっこいい曲もたくさんありますけど、僕の好き嫌いは置いといて、僕はそうじゃないものを作りたいと、かなり意図的にそう思うようになってきて。
──なるほど。
岸田 来年になったらまた違うことを言ってるかもしれないけど(笑)。聴いた人が何かの景色が見えるとか、なんだかわからないけど何かを思い出すっていうのは、音楽にとってすごく大事なことなので。プラグインで簡単に作っちゃった音もあるけど、音を録るときはほとんど、鳴ってるものとマイクの間に空気の音が入っている作りにしていて。歌詞も、本当はもっと説明しないといけないのに、あえて全てを説明しないようにするとか。いろいろと、手の込んだ実験もしながら、隙間を作っているという。
くるり3人のそれぞれの旅の思い出・岸田さん
『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(7枚目のアルバム)のときにオーストリアに長いこといたので、オーストリアからいろんな近郊の国に行きました。非英語圏やヨーロッパのいろんな国に行ったので、日本にいたらあまり注目しないような音楽や文化に「え、なにこれ!?」って衝撃を受けることは多かったですね。あと、ウィーンに楽友協会っていうコンサートホールがあるんですけど、そこでウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏を観ました。もう、通いましたね。中でも、好きな指揮者のニコラウス・アーノンクールの指揮でモーツァルトやバルトークの曲を何度も聴けたのはうれしかったです。
2023.10.12(木)
文=石橋果奈
写真=深野未季