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◆味噌

「味噌を使い切った夜、義母が亡くなった」

 味噌は昔、それぞれの家庭で手作りしていました。自分で自分を褒めることを「手前味噌」というくらい、誰しも自家製の味噌には自信と誇りがあった。味噌は他の食べ物に較べて、人とのつながりが強い気がします。

 これはAさんという女性にお聴きした話です。Aさんのお義母さんは遠く宮城県に住んでいました。お義母さんは肺がんで「余命半年」と宣告され、闘病していたんです。

 年の瀬、Aさんは在宅で治療していたお義母さんの元を夫と訪ね、看病していました。そして大晦日、仕事があったAさんは夫を残して先に帰ったのです。

 三が日を過ぎ、夫は家に帰ってきました。そして、「これ、お土産」と言って、タッパーウエアに入ったあるものをAさんに手渡したのです。中に入っていたのは、お義母さんが手作りした味噌。「寒い中、来てくれてありがとう。また会いましょう」としたためられた手紙を添えて。

 Aさんは、その味噌を使うことを「恐い」と感じ、なかなか手が出せませんでした。味噌を使うたびに、お義母さんの命も減っていく気がしたのです。不審に思った夫が「せっかく母が作った味噌を、なぜ使わないの?」と言い出したので、2月に入ってやっと料理に使い始めました。

 お義母さんが手作りした味噌はうまみがあり、Aさんは「さすがだ」と感心しました。ただ、うまいうまいと言いながら夫がぐびぐびと味噌汁を飲み干す姿を見て、内心「ああ、お母さんの命が減っていく……」とおびえていたのだそうです。

 4月に入り、遂に最後の味噌を使い切ってしまいました。すると、その夜、宮城県から電話が。それは「お義母さんが亡くなった」という報せだったのです。Aさんは、味噌を使い切ってしまったことをとても後悔したと言います。

 この話、本を読んだ人の感想がぜんぜん違うんですよ。「Aさんが来てくれたことを喜んだお義母さんが、自分の分身ともいえる味噌を分け与えた」と感じた人がいれば、「親の命は子どもが管理できるという現状への暗喩」と捉えた人もいる。

 ただ共通して言えるのは、「味噌は人の命とつながっている」というもの。自家製の発酵食品って、作った人の手がたくさん入っていて、その人物そのものとも言えますよね。

2023.08.08(火)
文=吉村智樹
写真=志水 隆