不倫問題で多かった「母親なのに」という批判
――深沢さんは女性の生きづらさも多く描いています。日本に生きる女性として、現実をどのようにご覧になっていますか。
深沢 日本の女性が生きづらいのは、日本社会では「女性という属性」に対して固定的な役割を求められるからではないでしょうか。少し前に不倫問題で女優の広末涼子さんがバッシングされましたが、いちばん多かったのは「母親なのに」という、属性に対する批判でした。
今の日本は、属性の規定から外れる人が息苦しい社会なのかなと思います。「女らしく」「お姉ちゃんらしく」というのは、私が母からよく言われた言葉ですが、その考え方は時代を経てもあまり変わっていないように思います。
――深沢さんが小説を書くきっかけになったのも、ある意味「属性からの解放」だと言えますか。
深沢 そうですね。「日本人」という属性を打ち破ったことで、小説を書くことができたと思っています。それまで通称名で暮らしてきた私は、自分が在日コリアンであるという事実に真正面から向き合うことができませんでした。でも、編集者の方から「逃げずにもっと自分のことを書けばいい」とアドバイスをいただき、思い切って在日についての話を書くことにしたんです。
その時に勇気をもらったのが、通称名を使っていた主人公が本名で生きる先輩に出会い、自分も本名で生きる決意をする故・鷺沢萠さんの小説『ビューティフル・ネーム』です。決して押しつけがましくなく、なめらかでやわらかい筆致で在日コリアンのことが書かれている作品を拝読し、自分もこんなふうに書きたいと、在日のお見合いおばさんの物語『金江のおばさん』を書きました。
――生前の鷺沢さんとはご交友があったのですか?
深沢 いいえ。お会いしたことは一度もありません。私はずっと在日のことが書いてある本は避けて生きてきたので、鷺沢さんのご存命中はご著書も読んだことがなかったんです。はじめて鷺沢さんの作品を読んだ時は、なぜもっと早く読まなかったのだろうと衝撃を受けました。
鷺沢さんの作品を読まなかったのと同じ理由で、柳美里さんの小説も読んだことがありませんでした。『石に泳ぐ魚』が出版差し止めの裁判に発展した時は、「これは見てはいけない世界だ」と思って、知らないふりをしていましたし、梁石日(ヤン・ソギル)さんが出演した映画『家族シネマ』も遠ざけていました。それくらい、自分にとって「在日」と向き合うのはつらかったんですよね。
2023.08.05(土)
文=相澤洋美
写真=上田泰世(朝日新聞出版写真映像部)