身体性を持った怖さは現代的な感覚とも結びつく

――第4章のタイトルが「FOURierists」、第5章の中では「Phalanstère」という語が出てきいます。これらは実在する思想家、シャルル・フーリエからの引用でしょうか?

 はい。人間が思想の先に見出した理想郷、苦楽の“楽”に寄っている世界として、どんなものが想像できるのかなと考えて、フーリエが共同体の思想として提唱した理想郷=Phalanstère(ファランステール)という実際にある概念を援用しました。

――梨さんは他の作品でも実在する地名を入れていることがよくありますが、今回のフーリエに関しても、実在の人物の思想を登場させることで、話にリアリティを持たせるといった狙いもあったのでしょうか?

 ありますね。私が実際の地名や人物名を使う理由は、大きく分けて2つあるんです。まず、「これはM県に住まうFさんから聞いた話で……」というように、ちょっとぼかしならも実際の地名も出す、という実話怪談のメソッドがあって。

 それと、私が「SCP」というアメリカから始まった創作都市伝説サークルの日本支部に所属していることも影響しているかもしれません。そこでは例えば“偽史(偽の歴史)”を作るという遊びをするんですね。ある程度リアリティをもたせつつ、どうオリジナルの物語を展開していくか、どう事実とオリジナルのストーリーを混ぜていくかを、そこで学んだともいえます。

――現実とフィクションを混ぜるという点においては、最近一緒にお仕事をされている、テレビ東京の大森時生さんの作風とも共通しているように感じられます。ちなみに、大森さんとは好きなホラーの傾向も似ているように見えますが、その点はいかがですか?

 結構似ていますね。(大森さんと同じく)もともとJホラーが好きというところが同じですが、私に関していえば体験型のホラーも好きです。

 例えば、2013年頃にアメリカで「Cicada3301」という謎解きゲームのようなものがあって。あるとき4chanに「私たちは頭のいい人を探しています」というような書き込みがあって、そこからゲームが始まっていったんです。暗号を解いた先にまた暗号があって、最終的には世界の数ヶ所のGPS座標が示されて、実際にその場所へ行くとQRコードが貼ってあって……という。「Cicada3301」のような都市伝説的な催しを見て、ああいうものを作りたいなと思ったんです。

――「体験」とも繋がってくるかもしれませんが、梨さんが生み出すホラーには「気持ち悪い」「不快」のような、こちら側を侵食してくる感覚があります。フィクションとして脳内で怖がって終わり、ではなく、身体的な感覚として受け止めざるをえない怖さというか。

 確かにそうですね。私の中で怖いという概念に類するものとして「異化効果」というものがあります。要は、それ自体は何の変哲もないものだとしても、ある場所に存在することで妙に気持ち悪い、みたいな。例えば遊園地にマネキンがあったら気持ち悪いじゃないですか。それ自体は怖くないのに、その場所にあることで、座りが悪く思えることがあります。

 以前、私の作った怪談をコンビニのネットプリントで読者が出力できるようにしたことがあるんです。現物があるというのは気持ち悪いんですよね。そういう身体性を持った怖さ、異化効果や“手触り感”がある怖さは、現代的な感覚とも結びつくのだと思います。『6』でも、そこを意識したギミックを入れていますね。何かの資料をそのままコピーアンドペーストしたようなものや、音声記録をそのまま載せたようなものとか。モキュメンタリー的な手法とも言えますが、こういうものが目の前に出されたら、感覚とより有機的に繋がるような気がしています。

――実際に目の前に“現物”があると、本の中にある禍々しいものが自分の日常に染み出してくるようで……。

 そうですね。本を売ろうとしてくれている担当編集さんの目の前で言うのは憚られますが、この本を読み終わった後に「持ってるのも嫌だから」ということでフリマアプリで転売する人がいたら、個人的には嬉しいですね。それくらい怖がってくれたんだなと。「本を所持していることすら嫌だ」というくらい恐怖に永続性を感じてもらえたのなら、読書体験としては100点かもしれません。文字通り「死ぬまでずっと怖い体験になったらいいな」と。

 本当の意味でこの本がどういう結末を迎えるかが分かるのは、私とか、いろんな人が死んだ後なのだと思います。それを楽しみにしておいてください。

梨(なし)

インターネットを中心に活動する怪談作家。日常に潜む怪異や民間伝承を取り入れた作風が特徴。主な作品に『かわいそ笑』(イーストプレス)、原案『コワい話は≠くだけで。』(KADOKAWA)などがある。そのほか、2021年10月よりWebメディア「オモコロ」でライターを、BSテレ東「このテープもってないですか?」で一部構成を担当するなどあらゆるメディアで活躍している。
Twitter @pear0001sub

6

定価 1,760円(税込)
玄光社
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■イベント情報

2023年7月17日(月)に開催された「梨×大森時生『6』発売記念トークイベント」が7月24日(月)まで配信中! 詳しくはこちら

Column

TALK TIME

ゲストの方に気になる話題を語っていただくインタビューコーナーです。

(タイトルイラスト=STOMACHACHE.)

2023.07.22(土)
文=ライフスタイル出版部
撮影=平松市聖