いざ入ってみるとまわりはベテランの女性社員ばかりで、プロの料理人のテクニックみたいなものをずいぶん学ばせてもらいました。新聞配達の人たちが使う食堂ですから短時間で効率よく調理しないとだめですし、そもそも一般の家庭料理とは作る量が違います。
丸の内新聞の食堂では毎日60人分作ってましたから、鍋は直径45センチ。持ち上げるときに膝を伸ばしたままだと必ずぎっくり腰になるから、いったん膝を屈伸してから持ち上げないとだめなんです。
本格的に料理を始めたのは大学生の頃
――食堂でプロの料理人のテクニックを学ばれたとのことですが、その前からお料理は得意だったんですか? そもそもいつ頃から料理を始めたんでしょう?
山口 「料理事始め」的なことで言うと、やっぱり母にくっついてお手伝いというのが最初ですね。さやいんげんの筋を取るとか、らっきょうを漬けるときに皮をむくとか。もう幼稚園ぐらいから、母と、当時「おねえちゃん」と呼んでいた家政婦さんの後にくっついて、台所をうろちょろするのが好きでした。
ある程度、本格的にお夕飯を作るようになったのは大学生の頃ですね。いろいろとできるようになってきたんで、私が家にいるときは夕飯を作ってました。
――その頃の得意料理はなんでしたか?
山口 子どもの頃、母がパーティー料理で作っていたガランティーヌというのがありまして、鶏の胸肉を開いてそこにミートローフの中身を詰めて、アルミホイルで包んで蒸すという料理です。いざこれを自分で作ろうとすると、どうしても鶏の胸肉を開いた時に厚いところと薄いところができてしまう。これはよろしくないなと思って、肉を全部きれいに削いで、それを重ねて1枚のシート状にして、それでミートローフの中身をくるむという方法を発明したのは、我ながらあっぱれと思っています。
見た目がゴージャスな割にそんなに手間もかからないし、日持ちもするので当日バタバタしなくても前の日とかに作っておいても大丈夫で、すごく重宝してます。
2023.07.10(月)
文=「文春文庫」編集部